Encyclopedia of 1:1250 scale model ship

my collection of 1:1250 scale modelships

Imperial Japanese Navy (IJN)/大日本帝国海軍

日本における近代国家は、アヘン戦争以降の、清国での列強蚕食の惨状への危機感から成立した。その「惰弱」な清国を依然、宗主国として「無邪気」にその影響下にあり続ける朝鮮国に、隣の半島を委ねることに身をよじる程の危うさを覚えた。

日清戦争は、そのように、日本の影響下での朝鮮の独立確保が主命題であったから、遼東半島の領有は、大躍進であると言えた。

にも関わらず、直後の独・仏・露による三国干渉(1895)で、この割譲は反故にされ、あろうことかその遼東半島はロシアの租借地となった。

言うまでもなくロシアは欧州列強の中で唯一、国境を極東に接している。つまり列強の中で即座に極東に陸兵を展開できる、唯一の国、ということである。日本の危機感からすれば、最もその進出を警戒すべき相手であるロシアが、そうした事態の出現を防ぐことが目的だったはずの日清戦争の結果、念願の不凍港と、南下の拠点を、朝鮮のすぐ隣に得ることになった。

 

遼東半島租借地としたロシア帝国は、たちまち満洲を貫く鉄道を引き、鉄道警備の名目で大量の陸兵を駐屯させ、満洲全土をその影響下においた。同時にその先端の旅順港にヨーロッパ式の本格的な要塞を築きはじめ、ここをロシア太平洋艦隊の拠点とした。

この旅順を根拠地として、ロシアは近代戦艦8隻(予定)を基幹とする強大な艦隊を建造した。これに対抗すべく、日本は近代戦艦6隻、これに準じる装甲巡洋艦6隻を基幹とする、いわゆる六六艦隊計画に着手し、これを実行した。 

 

Pre-Dreadnought /Semi-Dreadnought Era

扶桑 (甲鉄艦) - Wikipedia

Japanese ironclad Fusō - Wikipedia

(1879-, 3717t, 13knot, 9.4in *4 55mm in 1:1250 by Hai)

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明治初年、海軍は、旧幕府、諸藩の寄せ集めによって設立されたと言っていい。軍艦も同様である。

そこで、戊辰戦争佐賀の乱台湾出兵西南戦争を経て、近代的な軍艦の整備が急務とされた。

明治政府は1875年、イギリスに3隻の軍艦を発注した。その一隻が「扶桑艦」である。

「扶桑艦」は竣工当初は三本のバーク型マストを持つ汽帆走併用艦であった。明治海軍として初の装甲艦で、中央の砲郭にクルップ式20口径24センチ後装式主砲四門を収納し、4000トン足らずの小艦であることを除けは、当時の列強主力艦の形式を踏襲していた。後述の「鎮遠定遠級)」の登場までは、アジア唯一の装甲艦であった。

 

近代戦艦:前弩級戦艦 pre-Dreadnought battleship

富士型戦艦 - Wikipedia

Fuji-class battleship - Wikipedia

(1897-, 12230t, 18knot, 12in *2*2, 2 ships 97mm in 1:1250 by Navis))

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日清開戦が濃厚に予感される時期、当面の仮想敵である清国北洋艦隊は、ドイツ製の定遠級戦艦(甲鉄砲塔艦)2隻をその主力として就役させた。日本海軍は三景艦(松島・厳島・橋立)を建造し、これに対抗しようとしたが、いずれも装甲を持たない防護巡洋艦であり、劣勢は明らかであった。

この為、当時、イギリスで登場した本格的な航洋性を備えた近代戦艦の導入が計画された。しかしこの計画は、その急務であることは理解されながらも、数年の間、予算の問題から実現に至らなかった。ようやく1894年、勅命による宮廷費の削減、公務員の給与一部返納などの非常手段により、建造にこぎつけた。富士級の二隻は、そのようにして建造された。その無理にも関わらず、就役は、日清戦争後の1897年であった。その連装砲塔には、装填時に首尾線正位置に戻す必要がある、という装填機構上の課題があった

 

敷島型戦艦 - Wikipedia

Shikishima-class battleship - Wikipedia

(1900-, 14850t, 18knot, 12in *2*2, 2ships 99mm in 1:1250 by Navis)

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イギリス、アームストロング社エルジック造船所で建造された。前級の富士級に比べ、艦型は一回り大きくなり、就役当時は「世界最大の戦艦」と言われた。。敷島級4隻の中でも、本艦と「敷島」のみ、3本煙突である。富士級では、主砲装填には前後それぞれ中心線に砲塔を戻す必要があったが、本級からは、どの位置でも装填が可能な機構が採用され、射撃速度、照準に著しい改善を得た。

 

朝日 (戦艦) - Wikipedia

Japanese battleship Asahi - Wikipedia

(1900-, 15200t, 18knot, 12in *2*2 99mm in 1:1250)

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イギリス ジョン・ブラウン社製。敷島級戦艦の二番艦。

 

三笠 (戦艦) - Wikipedia

Japanese battleship Mikasa - Wikipedia

(1902-, 15140t, 18knot, 12in *2*2 99mm in 1:1250 by Navis)

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イギリス ビッカース社製。敷島級戦艦の四番艦であり、いわゆる六六艦隊計画の最終艦である。日本海軍は六六艦隊計画の実行に当たり、世界に先駆けて搭載砲口径の統一を行った。そのため六六艦隊の戦艦は全て40口径30.5センチ砲、副砲は40口径15.2センチ速射砲で統一されている。「三笠」は、日露戦争を通じ、連合艦隊の旗艦を務めた。

 

装甲巡洋艦 Armored Cruiser

日本海軍の装甲巡洋艦は、全て同一の兵装とほぼ同じ速度を持ち、一単位として行動することを前提として設計されていた。いわば、主力戦艦部隊を支援する「ミニ戦艦」として艦隊決戦に参加する事を前提に建造された「戦闘艦艇」であったと言っていい。

 

出雲型装甲巡洋艦 - Wikipedia  armored cruiser Izumo class

Izumo-class cruiser - Wikipedia

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(1900-, 9,750t 20.3knot, 2ships)(100mm in 1:1250 by Navis)

いずれもイギリス アームストロング社製。六六艦隊計画に沿って建造された艦で、この6隻は、全て45口径20.3センチ連装砲を2基を主砲とし、40口径15.2センチ速射砲を副砲としていた。

 

浅間型装甲巡洋艦 - Wikipedia

Asama-class cruiser - Wikipedia

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イギリス アームストロング社製。他の設計段階からの発注形式の艦と異なり、既製艦を購入したため、購入時は六六艦隊計画最終期でありながら、就役は最も早い艦となった。

武装は六六艦隊計画の基本通り、統一口径を採用しており、45口径20.3センチ連装砲を前後に、副砲として15.2センチ速射砲を装備している。 (1899-, 9,700t 21.5knot, 2 shipa )(98mm in 1:1250 by Navis)

  

吾妻 (装甲巡洋艦) - Wikipedia  armored cruiser Azuma

Japanese cruiser Azuma - Wikipedia

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 (9,326t 20knot)(106mm in 1:1250 by Navis)

六六艦隊の中で唯一フランスで生まれた艦である。兵装等は他の装甲巡洋艦と統一されていた。

 

 

八雲 (装甲巡洋艦) - Wikipedia   armored cruiser Jakumo

Japanese cruiser Yakumo - Wikipedia

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 六六艦隊計画の中で、唯一、ドイツに発注された。砲装備などは、六六艦隊計画に添い、45口径20.3センチ主砲、15.2センチ副砲で統一されているが、同じ3本煙突ながら、イギリス製の出雲級と比べ、やや重厚な艦容であるように思える。

(1900, 9,695t 20.5knot )(99mm in 1:1250 by Navis)

 

春日 (装甲巡洋艦) - Wikipedia   armored cruiser Kasuga

Japanese cruiser Kasuga - Wikipedia

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春日級装甲巡洋艦は、六六艦隊計画完成後に、既述のように、開戦直前にアルゼンチンから購入したイタリア製のジュゼッペ・ガリバルディ級装甲巡洋艦のうちの2隻である。六六艦隊計画では、搭載砲の口径統一が行われたが、六六艦隊計画間に属さない「春日」のみは、前部主砲に40口径25.4センチ砲を採用している。この砲は、連合艦隊の艦載砲の中で最も射程が長く、旅順要塞の要塞砲の射程外から港内に砲撃が可能であった。日本海軍は旅順沖で機雷により喪失した戦艦「初瀬」「八島」の代わりに、この春日級装甲巡洋艦を第一艦隊、第一戦隊に編入した。(1904-, 7,700t 20ノット)(87mm in 1:1250 by Navis)

 

日進 (装甲巡洋艦) - Wikipediaarmored cruiser Nisshin

Japanese cruiser Nisshin - Wikipedia

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「春日」同様、開戦直前にアルゼンチンから購入されたイタリア製装甲巡洋艦である。「春日」と異なり、「日進」の主砲は、前・後部共に、45口径20.3センチ連装砲である。「春日」の項に記載した通り、本艦も「春日」と共に、第一戦隊(戦艦戦隊)に編入された。このため、主要な海戦においては敵艦隊の主軸艦からの砲撃を引き受けることになり、第一戦隊の他艦以上の苦労があった。(1904-, 7,700t 20ノット)(87mm in 1:1250 by Navis)

 

近代型巡洋戦艦 Pre-Dreadnought battlecruiser

筑波型巡洋戦艦 - Wikipedia

Tsukuba-class battlecruiser - Wikipedia

(1907-, 13750t, 20.5knot, 12in *2*2, 2 ships 119mm in 1:1250 by Navis semi-scrached from Ibuki

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1904年5月15日は日本海軍にとって災厄の日であった。

この日、旅順沖を哨戒航行中の戦艦「初瀬」ならびに戦艦「八島」の2隻がほぼ同時に触雷、沈没してしまった。当時、日本には戦艦は6隻しかなく、一瞬で、海軍はその主戦力の3分の1を失った。

この喪失を補充するために1904年度臨時軍事費で、急造の下命が降ったのが、筑波級装甲巡洋艦であった。

その特徴は、何と言っても、装甲巡洋艦でありながら、当時の戦艦と同じ45口径30.5センチ砲4門を主砲として装備していたことである。後に巡洋戦艦に区分されるが、主砲は前述のように戦艦と同等、速力は当時の装甲巡洋艦と同じ20.5ノットを発揮し、装甲は戦艦と同等、という、いわゆる高速戦艦の奔り、とでもいうべき優れた艦であった。

日本海軍は、本級から、艦首の衝角を廃止している。

急造の命の下、起工から就役まで2年という短期間で建造が不休で行なわれたが、就役は日露戦争後の1907年であった。

 

 

強化型近代戦艦:準弩級戦艦 semi-Dreadnought battleship

香取型戦艦 - Wikipedia

Katori-class battleship - Wikipedia

(1906-, 15950t, 18knot, 12in *2*2 & 10in *4, 2 ships 110mm in 1:1250 /3D printing by Master of Military)

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1904年、日本は迫り来る日露間の戦争に備え、香取、鹿島の両戦艦をイギリスのビッカース社とアームストロング社に発注し、起工した。2艦はイギリス戦艦キング・エドワード7世級をタイプシップとし、それまでの日本の近代型戦艦の標準主砲であった45口径30.5センチ級主砲4門に加え、45口径25.4センチ中間砲4門を装備する強力な艦で、のちに準弩級戦艦に分類される艦であった。竣工までの時期を短縮する目的で、造船所を2社に分けたにも関わらず、就役は日露戦争終結後であった。

両艦には、煙突位置に小異がある。

 

薩摩型戦艦 - Wikipedia 

Satsuma-class battleship - Wikipedia

(1910-, 19372t, 18-20knot, 12in *2*2 &10in *2*6, 2 ships 122mm in 1:1250 by WTJ)

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初の国産戦艦である。

前級の香取級に対し、砲力を格段に強化し、従来の主砲 45口径30.5センチ砲4門に加え、香取級で初めて導入した中間砲(45口径25.4センチ砲)を連装砲塔6基12門とした。

あわせて安芸には、前述の装甲巡洋艦「伊吹」でテストされたタービンを搭載しており、20ノットの優速を発揮した。機関の差、ボイラー配置の差から、外観に差異が生じ、薩摩が2本煙突であるのに対し、安芸は3本煙突である。

 

強化型近代巡洋戦艦 Semi-Dreadnought battlecruiser

鞍馬型巡洋戦艦 - Wikipedia

Ibuki-class armored cruiser - Wikipedia

(1908-, 14636t, 21.25knot, 12in *2*2 & 8in *2*4, 2 ships 119mm in 1:1250 by Navis)

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本級は、前述の筑波級装甲巡洋艦の改良型として、またこれも前述の香取級戦艦に匹敵する強力な砲力を有する高速主力艦として設計された。主砲は、筑波級と同じ日本海軍の戦艦の標準砲である45口径30.5センチ砲4門を装備し、副砲に45口径20.3センチ砲を起用し、これを連装砲塔4基に収めた。

鞍馬は従来型のレシプロ機関を搭載したが、伊吹は、後述の戦艦安芸に搭載予定のタービン搭載試験艦となり、このため建造が急がれ、就役がネームシップの鞍馬より先行した。

一方、就役に余裕があったため、鞍馬は当時最先端の三脚前後マストを採用している。

 

Dreadnought /Super-Dreadnought Era (around WW1)

日露戦争後の艦隊整備に注力したため、弩級戦艦超弩級戦艦の整備に出遅れた。実戦経験では一級海軍でありながら、旧式装備での開戦に甘んじなければならなかった。

弩級戦艦2隻、ドイツより購入した弩級巡洋戦艦2隻超弩級巡洋戦艦2隻(2隻は建造中、大戦中に就役)で第一次大戦に臨んだが、これらの主力艦は、第一次大戦お主戦場がヨーロッパであったため、ほとんど出番がなかった。

 

弩級戦艦  Dreadnought battleship

河内型戦艦 - Wikipedia

Kawachi-class battleship - Wikipedia

(1912-, 20,800t, 20knot, 12in L50 *2*2 + 12in L45 *2*4, 2 ships)(125mm in 1:1250 by Navis)

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前級の薩摩級よりも少し大きな船体に、薩摩級では12門装備していた中間砲を廃止し、全て30.5センチとし、連装砲塔6基を6角形に配置している。この配置により、首尾線方向に6門、両舷方向に8門の主砲を指向できた。機関は前級2番艦「安芸」が搭載し好成績を示したタービン式を採用し、20ノットの速力を発揮することができた。

日本海軍念願の弩級戦艦ではあったが、その主砲には課題があった。艦首尾砲塔の30.5センチ砲が50口径であったのに対し、舷側砲塔は45口径であり、二種類の砲身長、初速の異なる主砲を装備していた。厳密には弩級戦艦の「同一口径の主砲による統一した射撃管制指揮に適している」という要件を満たしていなかった。

実際に、その主砲の斉射にあたっては艦首尾砲塔は弱装火薬を用いることによってこれらの不都合を解消しなくてはならなかった。これでは、50口径の長砲身を持つ意味がなかった。

さらに、河内級が採用した50口径砲自体にも問題があった。この砲は英アームストロング社製で、イギリス海軍の戦艦でも採用されていた。しかし、同社の技術を持ってしても、砲身に大きなしなりが発生し命中精度が下がること、併せて砲身寿命が短いなど、高初速に起因する欠点があり、このことが、英海軍がオライオン級戦艦から34.3センチ砲を採用する動きの一因となった。

 

 

弩級巡洋戦艦 Dreadnought battlecruiser

河内級戦艦の建造と並んで、「旧式艦ばかりの二流海軍」からの急遽脱却を図るべく、海軍は欧米列強の既成弩級戦艦の購入を模索し始めた。

あわせて、より深刻な要素として、当時、各国の海軍で導入されていた装甲巡洋艦の高速化への対応が、検討されねばならなかった。すなわち、当時の日本海軍が保有する主力艦の中で最も高速を有するのは装甲巡洋艦巡洋戦艦)「伊吹」であったが、その速力は22ノットで、例えば膠州湾青島を本拠とするドイツ東洋艦隊のシャルンホルスト級装甲巡洋艦(23.5ノット)が、日本近海で通商破壊戦を展開した場合、これを捕捉することはできなかった。

これらのことから、特に高速を発揮する弩級巡洋戦艦の導入が急務として検討され、その結果、弩級巡洋戦艦「蓼科」「劔」の購入が決定された。

「劔」「蓼科」は、2 艦で巡洋戦艦戦隊を構成し、この戦隊の発足がシュペー提督のドイツ東洋艦隊の本国回航を決意させた遠因となったとも言われている。

 

弩級巡洋戦艦「蓼科」(独装甲巡洋艦ブリュッヒャー2番艦改造)

ブリュッヒャー (装甲巡洋艦) - Wikipedia

Battlecruiser Tateshina(Fictional: Based on armoerd cuiser SMS Blücher. IJN purchaed 2nd ship of her class under cinsruction and remodled to battle cruiser)

SMS Blücher - Wikipedia

(1912-, 16,500t, 25.4knot, 12in *2*3)(127mm in 1:1250 by Navis)

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ドイツ海軍の装甲巡洋艦ブリュッヒャー」の2番艦を巡洋戦艦に改造、導入したものである。

ブリュッヒャーは、従来の装甲巡洋艦の概念を一掃するほどの強力艦として建造されたドイツ帝国海軍の装甲巡洋艦である。装甲巡洋艦におけるドレッドノートと言ってもいいかもしれない。主砲は44口径21センチ砲を採用し、戦艦並みの射程距離を有し、搭載数を連装砲塔6基として12門を有し、また速力は25ノットと、当時の近代戦艦(前弩級戦艦)、装甲巡洋艦に対し、圧倒的に優位に立ちうる艦となる予定であった。

しかしながら、同時期にイギリスが建造したインヴィンシブルは、戦艦と同じ、30.5センチ砲を主砲として連装砲塔4基に装備し、速力も25.5ノットと、いずれもブリュッヒャーを凌駕してしまったため、ドイツ海軍は急遽同等の弩級巡洋戦艦建造に着手しなければならず、ブリュッヒャー中途半端な位置づけとなり、後続艦の建造が宙に浮いてしまうこととなった。

日本海軍はこれに目をつけ、この2番艦の建造途中の船体を購入し、「蓼科」と命名、これを巡洋戦艦仕様で仕上げることにした。主な仕様変更としては、主砲をオリジナルの44口径21センチ砲12門から、日本海軍仕様の45口径30.5センチ連装砲塔3基および同単装砲塔2基、として計8門を搭載した。この配置により、首尾線方向には主砲4門、舷側方向には主砲7門の射線を確保した。機関等はブリュッヒャー級のものをそのまま搭載したところから、ドイツで建造した船体をイギリスで仕上げる、といった複雑な工程となった。が、狙い通り就役は「河内級」とほぼ同時期であった。

速力は25ノットの、当時の日本海軍主力艦としては、最も高速を発揮したが、装甲は装甲巡洋艦ブリュッヒャーと同等の仕様であったため、やや課題が残る仕上がりとなった。

 

弩級巡洋戦艦「劔」(独弩級巡洋戦艦 フォン・デア・タン2番艦改造)

フォン・デア・タン (巡洋戦艦) - Wikipedia

Battlecruiser Tsurugi (Fictional: Based on battlecruiser SMS Von Derr Tann. IJN purchaed 2nd ship of her class under cinsruction and remodled to battle cruiser with 12in L50 )

(1912-, 19,800t, 25.5knot, 12in L50 *2*4)(136mm in 1:1250 by Navis)

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弩級巡洋戦艦「蓼科」の保有に成功した日本海軍であったが、上記のように、本来は装甲巡洋艦であったために、その防御力にはやや課題が残った。併せて、河内級のイギリス製の50口径主砲がやはり前述のような課題があったため、日本海軍は当時50口径砲の導入に成功していたドイツを対象に、もう一隻、弩級巡洋戦艦の購入を模索することにした。

白羽の矢が立ったのは、ドイツ海軍初の弩級巡洋戦艦「フォン・デア・タン」の2番艦で、すでにドイツ海軍の上層部の関心が、より強力な次級、あるいはさらにその次のクラスに向いてしまったため、やはり宙に浮いていたものを計画段階で購入することにした。

ブリュッヒャー級2番艦の場合と異なり、今回はその基本設計はそのままとし、主砲のみ、既に戦艦ヘルゴラント級で搭載実績のある1911年型50口径30.5センチ砲に変更し、船体強度などに若干の見直しを行った。同砲では河内級でイギリス製の50口径砲に見られたような問題は発生せず、ドイツの技術力の高さを改めて知ることになる。

主砲の口径の拡大と、それに伴う構造の変更があったにも関わらず、速力はオリジナル艦と同等の25.5ノットを確保することが出来た。

同艦は1912年に就役し、弩級巡洋戦艦「劔」と命名された。

 

超弩級戦艦  Super-Dreadnought battleship

日本海軍の超弩級戦艦整備状況

第一次大戦開戦当初、日本海軍は、特に弩級戦艦超弩級戦艦の整備で諸列強に大きく出遅れた。

本稿でも触れたが、例えば開戦時の主力艦の保有数をみれば、イギリスは弩級超弩級戦艦を22隻、巡洋戦艦を9隻、前弩級戦艦を40隻保有していたのに対し、ドイツ帝国はこれに次いでそれぞれ14隻、4隻、22隻で、名実ともに当時の雌雄であった。これに次ぐのはアメリカ海軍で、それぞれ12隻、0隻(アメリカは何故か、巡洋戦艦に興味を示さなかった)、23隻、さらに、かつての大海軍国フランスは、それぞれ3隻、0隻、17隻であった。一方、イタリア海軍は3隻、0隻、8隻、オーストリアハンガリー海軍は4隻、0隻、9隻で、地中海で対峙していた。

日本海軍を見ると、弩級戦艦2隻(河内、摂津)、超弩級戦艦なし、巡洋戦艦2隻(金剛、比叡:大戦中に榛名、霧島2隻が就役)、前弩級戦艦17隻で、そのうち第一線級の戦力とみなされるものは、金剛級巡洋戦艦だけであった。超弩級戦艦の整備が切望された。

 

初の超弩級戦艦 扶桑級、その改良型伊勢級の建造

金剛級超弩級巡洋戦艦と対をなす超弩級戦艦として、扶桑級戦艦は建造された。

主砲は金剛級と同じ14インチ砲で、これを連装砲塔6基12門搭載。艦首部と艦尾部は背負い式配置として、残り2基をを罐室を挟んで前後に振り分けた。軍艦史上初めて30,000トンを超える大鑑で、日本海軍の念願の超弩級戦艦は、一番艦の扶桑完成の時点では、世界最大、最強装備の艦と言われた。

艦型全体で見ると、6基の砲塔はバランス良く配置されているように見えるが、実はこれが斉射時に爆風の影響を艦上部構造が全体に及ぼすなどの弊害を生じることが完成後にわかった。また罐室を挟んで砲塔が配置されたため、出力向上のための余地を生み出しにくくなっていることもわかった。さらに欧州大戦でのユトランド海戦での長距離砲戦への対策としては、水平防御が不足していることが判明するなど、世界最大最強を歌われながら、一方では生まれながらの欠陥戦艦とみなされた。

扶桑型戦艦 - Wikipedia

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(1915年、30,600トン: 35.6cm連装砲6基、22.5ノット) 同型艦2隻 (165mm in 1:1250 by Navis)

 

扶桑級戦艦は完成後、前述のような欠点を持っていることが判明したため、扶桑級の3番艦、4番艦の建造に待ったがかかった。設計が根本から見直され、主砲配置、甲板防御、水雷防御などが一新し、全く異なる艦型の戦艦となった。これが伊勢級戦艦である。設計の見直しに併せて、主砲装填方式の刷新、方位盤の射撃装置の採用なども行われ、より強力な戦艦となって誕生した。

一方で、砲塔の配置転換などにより居住区域が大幅に削減され、乗組員は劣悪な居住性に甘んじなければならなかった。

伊勢型戦艦 - Wikipedia

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(1917年、29,900トン: 35.6cm連装砲6基、23ノット)同型艦2隻 (166mm in 1:1250 by Navis)

 

高速戦艦 長門級の誕生

扶桑級伊勢級、ともにその計画は第一次世界大戦前に遡り、一部大戦の戦訓を盛り込んだとはいえ、十分なものではなかった。併せて前述のように競合列強は次々にこれらを凌駕する強力な戦艦を建造しており、日本海軍としては、さらにこれを上回る艦の建造を求めた。 

列強の諸艦に対しては、世界初の16インチ砲を採用しこれを圧倒することとし、この巨砲群の射撃管制のための巨大な望楼構造の前檣を採用し、その最頂部に大型の測距儀を設置した。併せてユトランド沖海戦からの戦訓として、防御力の拡充はもちろん、高速力の獲得も目指された。計画当初は24.5ノットの速力が予定されていただが、ユトランド沖海戦から、機動性に劣る艦は戦場で敵艦をとらえられず、結果、戦力足り得ない、との知見を得て、26.5ノットの高速戦艦に設計変更された。

長門型戦艦 - Wikipedia

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(竣工時の長門級。当初、前部 煙突は直立型であったが、前檣への排煙の流入に悩まされた。煙突頂部にフードをつけるなど工夫がされが、1924年から1925年にかけて、下の写真のように前部煙突を湾曲型のものに換装した)

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(1920-, 33,800t, 41cm *2*4, 26.5knot, 2 ships: 176mm in 1:1250 by Hai)

(直上の二点の写真は、1925年ごろのもの。1924年から1925年にかけて、前部煙突を湾曲型のものに換装した)

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(日本戦艦の発達:下から、扶桑級伊勢級長門級

 

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(日本戦艦の発達:手前から、扶桑級伊勢級長門級

 

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 (三海軍超弩級戦艦、艦型比較:上から、日本海軍:長門級、米海軍:ニューメキシコ級、英海軍:クイーン・エリザベス級)

 

最終改装時(1941年次)の長門級戦艦

その改装はバルジの装備、装甲の強化、対空兵装の強化などの重量増加に対し、速度低下を招かないような機関換装が行われた。

(1941 43,500 t, 26.5 knot, 16in *2*4, 2 ships, 182mm in 1:1250 by Neptun)
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(直上:改装後の長門(手前)と陸奥(奥))

 

日本海軍の整備計画

第一次大戦への関与の度合いは欧米諸国よりは低かった日本ではあったが、大戦終了後の景気後退等不況の影響は大きく、さらに大戦終了時から行われたシベリア出兵などの出費からくる厭戦気分から、せっかく英米の譲歩を勝ち得た条約下での主力艦建造の継続に対する世論は、必ずしも支持的と言える状況ではなかった。

しかし、これを一変する状況が、日清・日露両戦争、更には第一次世界大戦中、その後のシベリア出兵を通じて、一貫して実質支配権確立に努めてきた満州で発生する。(ちょっと仮想小説的になってきてしまいますが)

満州北部の北満州油田(史実では大慶油田として1959年に発見)、満州南部の遼河油田(史実では同呼称の遼河油田として1973年発見)の発見である。もちろんこれらの油田発見は、即、本格操業というわけには行かないのではあるが、これに既存の鞍山の鉄鉱山を加え、日本は有力な財政的な基盤を得た。

一方で、北満州油田は新生ソ連との国境が近く、その防衛も含め、日本は満州の日本傀儡下での独立を画策していくことになる。

ともあれ、これにより、日本海軍は、条約締結時にすでに進水していた加賀級戦艦2隻の建造をそのまま継続し、1925年に艦齢10年を迎える扶桑級に代えて紀伊級戦艦の紀伊尾張を、1927年には伊勢級2隻の代替艦として、改紀伊級の相模、近江を就役させる計画を立て、これを推進した。

 

加賀型戦艦 - Wikipedia

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前級長門級戦艦を強化した高速戦艦である。16インチ砲を連装砲塔5基10門とし、搭載主砲数に対応して大型化した艦型を持ちながら、速力は新型機関の採用で長門級と同等の26.5ノットとした。長門級で取り入れられた集中防御方式を一層強化し、さらに傾斜装甲を採用するなど、防御側面の強化でも新機軸が盛り込まれた。

長門級では前檣への煙の流入に悩まされたが、加賀級でも同様の課題が発生し、二番艦土佐では新造時から長門型で一定の成果のあった湾曲煙突が採用された。しかし、長門と異なり新機関採用により前檣と後檣の間隔を短くしたため、今度は後檣への煙の流入が課題となってしまった。結局、大改装時の新型煙突への切り替えまで、加賀・土佐共に煙の流入に悩まされることになった。

(39.979t, 26.5knot, 16in *2*5, 2 ships, 185mm in 1:1250 semi-scratched based on C.O.B. Constructs and Miniatures /3D printing model)

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(就役時の加賀級戦艦2隻:加賀(手前)と土佐:土佐は就役時から前檣編煙流入対策として長門級で採用されていた湾曲型煙突を採用していた)

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最終改装時(1941年次)の加賀級戦艦

バルジの追加、装甲の強化、艦橋構造の変更に加え、従来から課題とされてきた梅園の流入対策のために煙突の換装が行われた。これらの重量増加への対応として、機関の換装も行われたが、基本設計に機関の増強等に対する余裕が十分でなく、結果として速度は低下してしまった。

そのため大戦中は、主力艦隊の序列を離れ、主としてシンガポールにあって西方警備の任務に当たった。

(1941: 47,500t, 25 knot, 2 ships, 187mm in 1:1250 semi-scratched based on C.O.B. Constructs and Miniatures /3D printing model)

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(直上:改装後の土佐(手前)と加賀(奥))

 

紀伊型戦艦 - Wikipedia

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1925年に艦齢10年を迎える扶桑級戦艦に対する代替艦として建造が進められた。紀伊級の2隻の完成により、扶桑級戦艦2隻は、練習戦艦籍に移され、舷側装甲の撤去、砲塔数の削減等が行われた。

紀伊級戦艦は、防御方式等は前級の加賀級戦艦の経験に沿いながらも、加賀級を上回る高速性を求めたため、その基本設計は条約締結時に計画破棄となった天城型巡洋戦艦に負うところが多い。巨大な機関を搭載し、艦型はそれまでの長門級加賀級とは異なり長大なものとなった。

主砲としては加賀級と同様、16インチ連装砲塔5基10門を搭載し、29.5ノットという高速を発揮した。当初、同型艦を4隻建造する計画であったが、建造途上で、米海軍の新戦艦サウスダコタ級が、16インチ砲を三連装砲塔4基12門搭載、という強力艦であることが判明し、この設計では紀伊尾張の2隻にとどめ、建造途中から次級改紀伊級の設計と連動して建造が進められた。

長門級加賀級で悩まされた煙の前檣、あるいは後檣への流入対策として、本級から集合煙突が採用され、煙対策もさることながら、艦型が整備され、優美さを加えることとなった。
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(1926-, 42,600t, 29.5knot, 16in *2*5, 2 ships, 202mm in 1:1250 semi-scratched based on Team Blue Games  with funnel by Digital Sprue /3D printing model )

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(就役時の紀伊級戦艦2隻:紀伊(手前)と尾張

 

1933年次 第一次改装時の紀伊級戦艦

紀伊級戦艦は、以降に建造された戦艦群が、その高い機密性保持のために表舞台に登場できなかった事情から、連合艦隊の象徴的存在として長門級とともに長く国民に親しまれ、また海外にも紹介された。

このため比較的若い建艦年次から数度にわたる改装を受けた。

第一次改装においては、防御装甲の強化に加え、前檣、後檣の上部構造を近代化し、あわせて対空装備の強化、航空艤装の追加などが行われた。機関の改善も行われたが、速度はやや低下した。

(1933, 46,600t, 27.5knot, 16in *2*5, 2 ships, 202mm in 1:1250 semi-scratched based on Team Blue Games  with funnel by Digital Sprue /3D printing model )  

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(第一次改装時の紀伊級戦艦2隻:紀伊(手前)と尾張

 

最終改装時(1941年次)の紀伊級戦艦

1941年次の改装においては、バルジの追加、対空兵装の強化、装甲の強化はもちろん、機関の大換装も行われ、あわせて艦首部の延長、艦尾の延長など、艦型の見直しも行われ、速度を新造時にまで回復することができた。

長く連合艦隊旗艦の任にあって、通信設備、旗艦設備が充実したため、大戦中も旗艦の任を継続した。

(1933, 50,600t, 29.5knot, 16in *2*5, 2 ships, 208mm in 1:1250 by Tiny Thingamajigs /3D printing model )  

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(最終大改装時の紀伊級戦艦2隻:紀伊(手前)と尾張

 

改紀伊型・相模型戦艦(参考:十三号型巡洋戦艦) - Wikipedia

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1927年に艦齢10年を迎える伊勢級戦艦に対する代替艦として建造が進められた。相模級の2隻の完成により、伊勢級戦艦2隻は、扶桑級と同様の措置の後、練習戦艦籍に移された。

相模級戦艦は、前述のように本来は紀伊級の同型3番艦、4番艦として建造されるはずであったが、米海軍が建造中のケンタッキー級(サウスダコタ級1920)戦艦が16インチ砲12門搭載の強力艦である事が判明したため、改紀伊級として設計が見直された。

まずは備砲が見直され、三連装砲塔開発案、連装砲塔6基搭載案、連装砲塔複合による4連装砲塔の新開発など、種々の案が検討されたが、いずれもケンタッキー級を凌駕する案とはなり得ず、最終的には新開発の2年式55口径41センチ(16インチ)砲と称する新型砲を連装砲塔で4基搭載する、という案が採択された。(それまでの16インチ砲は45口径であった)

この新砲搭載と、これまでの高速性を維持するため、艦型は紀伊型を上回り大型化し、実質は条約制限を上回る44,000トンとなったが、これを公称42,000トンとして建造した。

本級は最高軍事機密として厳重に秘匿され、さらに長く建造中と称して完成(1929年)が伏せられ、その完成が公表されたのは条約切れの後(1932年)であった。

ここには日本海軍の詐術が潜んでいた。2年式55口径41センチ砲は、実は18インチ砲であった。他の条約加盟国は、このクラスの建造(特に主砲口径)に強い疑惑を抱いており、これも条約更新が行われなかった要因の一つとなったと言われている。

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(1932-, 44,000t(公称 42,000t), 28.5knot, 18in *2*4, 2 ships, 219mm in 1:1250 semi-scratched based onTeam Blue Games with funnel by Digital Sprue /3D printing model)

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(就役時の改紀伊級・相模級戦艦2隻:相模(手前)と近江)

 

最終改装時(1941年次)の相模級戦艦

初の18インチ主砲装備艦として、最終改装時には、その艦橋構造を行動を共にするであろう同じ18インチ手法を装備した大和級に準じたものに換装し、バルジの追加、垂直装甲の強化、 対空火器の強化、機関の換装が行われた。

(1932-, 53,200t), 28.5knot, 18in *2*4, 2 ships, 219mm in 1:1250 semi-scratched based onTeam Blue Games with funnel by Digital Sprue /3D printing model)f:id:fw688i:20190420165539j:image
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(最終大改装時の相模級戦艦2隻:相模(手前)と近江)

 

奇しくも、ようやく八八艦隊のうちの戦艦8隻の装備が完了し、日本海軍はこれに第一線戦力として、旧式ながら高速の金剛型巡洋戦艦4隻を加えた、高速艦による八四艦隊を完成させた。

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(1928年頃の日本海軍の主力艦8隻:左上段 長門級長門陸奥)、右上段 加賀級(加賀・土佐)、左下段 紀伊級(紀伊尾張)、右下段 相模級(相模・近江))

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八四艦隊の戦艦4クラスの艦型比較(上から、長門級加賀級紀伊級、相模級)

 

日本海軍の新型戦艦

 満州における資源確保で、ある程度の経済基盤を保有したかに見える日本であったが、やはりその国力を考えると、米国には遠く及ばず、従ってその主力艦状況でも物量的に米海軍を凌ぐことは不可能であることは明白であった。

そのため、新型戦艦には、これまで通り個艦の性能で米艦を上回ることが求められ、その設計の帰結が大和級戦艦となって具現化した。

大和型戦艦 - Wikipedia

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相模級戦艦で実績のある18インチ砲ではあったが、同級は新設計の砲を新設計の三連装砲塔に搭載した。さらに27ノットの高速で機動性にも優れる戦艦として設計された。高い機動性と強力な砲力で常に相手に対し優位な位置からのアウトレンジを実施し、相手を圧倒することを実現できることが目指された。

(1941-: 64,000t, 27 knot, 18in *3*3, 3 ships, 215mm in 1:1250 by Konishi/Neptun)

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大和級の2隻:武蔵(手前)、大和。就役時には、副砲塔を上部構造の前戯左右に4基配置した。同級には同型艦として信濃が建造されたが、同艦は、当初から対空兵装強化型として装備を見直されたため、就役当初から外観が異なる艦となった。大和、武蔵の2隻も、この後、同様の対空装備強化が行われる) 

大和級戦艦の改装

大和級戦艦はその新造時の設計では、6インチ三連装副砲塔を4基、上部構造の前後左右に配置した設計であったが、既述のように一連の既存戦艦の近代化改装の方針である対空戦闘能力の向上に則り、両舷の副砲塔を撤去し、対空兵装に換装した。

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同級3番艦の「信濃」は新造時から対空兵装増強型で建造され、かつその対空砲として新型の長10センチ連装対空砲を採用した。

(直下の写真は大和級戦艦3隻:手前から信濃、武蔵、大和 の順。信濃は上記のように当初から対空兵装強化型として建造され、対空砲として新型の長10センチ連装砲を採用していた)

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大和級戦艦:播磨級(播磨・伊予)の建造

大和級の建造によって、日本海軍は個艦の性能で米戦艦に凌駕する戦力を保有することに成功したが、いずれは米海軍が18インチ砲搭載艦を建造することは明白であった。事実、既述のようにアイオア級の5番艦以降、改アイオア級(イリノイ級)で米海軍の18インチ砲搭載艦は実現する。

この予見される脅威への対抗策が、A-150計画であった。

 

超大和型戦艦 - Wikipedia

en.wikipedia.org

A-150計画では、米海軍が建造するであろう18インチ砲搭載艦を打ち破るために更なる大口径砲の20インチ(51センチ)砲を搭載することが計画された。日本海軍は、2インチ毎の口径拡大を目指すのが常であった。12インチ(前/凖弩級戦艦弩級戦艦)、14インチ(超弩級戦艦)、16インチ(八八艦隊)、18インチ(相模級、大和級)、20インチ(播磨級))

艦型は時勢の展開を考慮して短縮を目指し、前級である大和級の基本設計を踏襲した強化型、発展型として計画が進められた。

当初、新設計の21インチ砲を大和級同様、三連装砲塔形式で3基9門を搭載する予定であったが、その場合、90,000トンを超える巨艦となることが判明し、当時の日本にはこれを建造する施設がなかった。さらに言えば、18インチ砲三連装砲塔以上の重量の砲塔を回転させる技術もなく、短期間での完成を目指す日本海軍はこれを諦めた。

さらにいくつかのデザイン案の模索の後、21インチ砲を採用して連装砲塔3基搭載であれば、既存の大和級の艦型をほぼそのまま使用し建造期間を短縮できるということが判明し、同案が採用された。

(1943-: 66,000t, 27 knot, 20in *2*3, 2 ships, 217mm in 1:1250 by semi-scratched based on Neptune)

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(直上の写真は播磨級戦艦2隻:手前から伊予、播磨の順。両艦ともに、当初から対空兵装強化型として建造され、対空砲として新型の長10センチ連装砲を採用していた)

 

大和級戦艦:駿河の建造

前級播磨級において、日本海軍は念願の21インチ砲搭載戦艦を建造したが、その設計過程には無理が多く、結局、時勢の流動への対応から、大和級の船体を流用し、建造を急いだことから、主砲射撃時の散布界が大きく、さらには搭載数が6門では 単艦での運用では十分な射撃精度が得られないことが判明した。

このため米海軍が建造する18インチ砲搭載艦への対応に、大和級の設計をベースとして、18インチ主砲の搭載数を増加させる案が検討された。

駿河級は計画では2隻が建造される予定であったが、日米開戦により1隻、駿河のみ建造された。

18インチ主砲を大和級と同様、三連装砲塔に装備し、大和級よりも1基増やし、4基12門搭載とした。砲塔の増設によって船体は大型化し排水量も大幅に増加したが、機関を強化し、大和級と同速の27ノットを確保した。射撃管制システムも新型が搭載され、改良された装填機構の採用などにより、発射速度を大和級よりも早めることができた。射撃試験の結果、良好な散布界を得ることなどが検証され、日本海軍の最強艦となった。

(1945-: 71,000t, 27 knot, 18in *3*4, 220mm in 1:1250 by 3D printing: Tiny Thingajigs)

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富士級高速戦艦:富士・劔の建造

大和級の建造と併せて、この18インチ砲搭載戦艦の時代にふさわしい前衛支援艦が必要と考えられた。高速で展開するこの前衛艦は、後続する主力艦隊に敵艦隊の速度、運動等の詳細なデータを送信し、射撃管制を高める役割が期待された。

当初、大和級と同じく18インチ砲を搭載する相模級の2隻をこれにあてる予定であったが、やはり前衛には敵艦隊に肉薄、あるいは捕捉から逃れる高速力が必要とされることが明らかとなり、この目的のためには相模級を上回る速度を保有するこれに専任する艦が新たに設計された。

 

建造期間を短縮するために、ここでも装備類は大和級から流用されることが求められた。機関には大和級と同じものが使用されることが決められ、33ノットの速力が期待されるところから、船体の大きさが逆算された。また、同級は大和級と行動を共にすることが想定されるところから、主砲には同じく18インチ三連装砲塔の搭載が決定された。

これらの要件を満たすために、これまでの主力艦とは一線を画する特異な設計となった。艦隊前部に主砲塔を集中装備し、その後方に機関を配置、後部には副砲塔等と航空装備、という奇しくも仏海軍のリシュリュー級に似た配置となった。射撃管制機器、上部構造等を大和級と共通化したために、遠距離からの視認では、大和級に実に似通った外観を示している。

(1945-: 38,000t, 33 knot, 18in *3*2, 2 ships, 197mm in 1:1250 by semi-scratched based on Hansa) 

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(直上の写真では、船体後部に航空兵装、副砲塔等が集中しているのがよくわかる)

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(直上の写真は富士級高速戦艦2隻:手前から「劔」、「富士」の順。両艦は対空兵装で異なる装備を有していた。2番艦の「劔」は、建造時期がジェット航空機の発展期に当たったため、当初から対空兵装強化型として実験的に自動砲を採用していた)

 
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(直上の写真は大和級 18インチ砲搭載艦の系譜:左から富士級高速戦艦大和級、播磨級、駿河の順。大和級の系譜は、18インチ砲の強烈な反動を受け止めるため艦幅を広く取っている。一方で水線長を抑え、装甲を効果的に配置するなど、全体的にコンパクト化に成功していると言っていいだろう)

 

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(直上の写真は日本海軍の高速戦艦巡洋戦艦)の系譜。:左から、金剛級(比叡)、畝傍級、高千穂級、富士級の順。高速化への模索の取り組みとして、艦幅と水線長の工夫が興味深い)

 

 

超弩級巡洋戦艦 Super-Dreadnought battlecruiser

金剛型戦艦 - Wikipedia

Kongō-class battlecruiser - Wikipedia

(1913-, 26,330t, 27.5knot, 14in *2*4, 4 ships)(173mm in 1:1250 by Navis) 

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日清、日露の戦訓から、欧米列強に対し基本的な国力が劣る状況が改善されることは想定しにくく、物量で凌駕できない条件の元でも、機動力において常に仮想敵を上回ることができれば、勝利を見いだせることが、日本海軍の確信となった。

これらの背景から、超弩級巡洋戦艦「金剛」級は生まれたと言っていい。

上記の劔の項で示した様な海外技術の導入の必要性から、1番艦「金剛」は英ビッカース社で建造された。

2番艦以降は、「比叡」横須賀海軍工廠、「榛名」神戸川崎造船所、「霧島」三菱長崎造船所、と、国内で生産され、特に民間への技術扶植がおこなわれ、ひいては造船技術の底上げが図られた。4隻は1913年「金剛」、14年「比叡、」15年「榛名」「霧島」と相次いで就役する。

英海軍のライオン級巡洋戦艦タイプシップとして、27.5ノットを発揮し、主砲口径は当初は50口径30.5センチ砲連装砲塔5基を予定していたが、前述のようにこの砲には命中精度、砲身寿命に課題があったため、当時としては他に例を見ない45口径35.6センチの巨砲連装砲塔4基に装備することにした。

強力な砲兵装と機関により、排水量27,000トンを超える巨艦になった。 

第一次大戦当時、金剛級4隻は世界最強の戦隊、と歌われ、諸列強、垂涎の的であった

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八四艦隊の前衛を務める金剛級4隻(手前から、金剛、比叡、榛名、霧島)


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写真は1927年ごろの霧島。前檣の構造がやや複雑化しつつある。

 

金剛級は高い機動性と優れた基本設計により、数字の改装を経て、なお、1941年次にあっても高速戦艦として 現役にとどまることができた。

その改装要目は多岐にわたり、バルジ等の装着による防御力向上、対空兵装の強化、艦橋構造の変更、航空艤装の装備等による重量の増加を、機関の換装、完備の延長等により、速度をより優速の30ノットに向上させた。

(1941-, 32,000t, 30knot, 14in *2*4, 4 ships)(178mm in 1:1250 by Neptun) 

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(直上:Kongo:1941)

 

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(直上:Hiei:1941)


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(直上:Kirishima:1941)

 

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(直上:Haruna 1941)

 

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(榛名と霧島は、丸みを帯びた主砲等を装備していた)


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(金剛、比叡、霧島は後檣に傾斜がある)


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(比叡では、大和級の前檣の試作として艦橋の特徴がある)

 

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(榛名は傾斜のない後檣を装備していた)

 

 

 金剛代艦計画

ワシントン軍縮条約下で、日本海軍は英米海軍に対し数的な優位には立てないことが確定した。このため高い機動力による戦場での優位性を獲得するために、条約制約下で速力に劣る扶桑級伊勢級の4戦艦を破棄し、最も古い金剛級巡洋戦艦を残すという選択をしなくてはならなかった。

金剛級巡洋戦艦は、その優速性ゆえ貴重で、その後数次の改装により、防御力の向上等、近代高速戦艦として生まれ変わっていくが、如何せんその艦齢が古く、いずれは代替される必要があった。

こうして金剛代艦計画が進められることになる。

 

この計画には、文字通り海軍艦政の中枢を担う艦政本部案と、当時、海軍技術研究所造船研究部長の閑職にあった平賀中将の案が提出された。

ja.wikipedia.org

 

平賀案:畝傍級巡洋戦艦

海軍技術研究所造船研究部長平賀中将の設計案で、40,000トンの船体に16インチ砲を10門搭載、30ノットを発揮する高速戦艦として設計された。(ちょっと史実とは異なります)副砲を砲塔形式とケースメイト形式で混載。集中防御方式を徹底した設計となった。

 

畝傍級巡洋戦艦高速戦艦)として採用され、当初4隻が建造される予定であったが、設計変更が発生し、「畝傍」「筑波」の2隻のみ建造された。

(1936-, 40,000t, 30knot, 16in *3*2+16in *2*2, 2 ships, 185mm in 1:1250 semi-scratched based on C.O.B.Constructs and Miniatures /3D printing model)

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徹底した集中防御方式を意識したため、上部構造を中央に集中した艦型となった。初めて艦橋を塔構造とし、その塔構造艦橋の中層に高角砲を集中配置するなど新機軸が取り込まれ、その結果、やや重心が高くなってしまった。

結果、操艦と射撃精度にやや課題が発生する結果となった。

そのため当初4隻の建造予定が見直され、2番館までで建造を打ち切りとし、3番艦・4番艦に対しては設計変更が行われた。これらは高千穂級巡洋戦艦として建造された。

 

艦政本部案 巡洋戦艦 信貴

海軍艦政本部藤本少将が中心となって設計した。このため藤本案と呼ばれることもある。40,000トン、30ノット等、設計の基本要目はもちろん平賀案と同様である。

平賀案と異なり、比較的広い範囲をカバーする防御構造を持ち、主砲は3連装砲塔3基9門、副砲はすべて砲塔形式とした。

 

「信貴」1隻が試作発注され、同型艦はない。兵装・機関配置等、後に大和級戦艦の設計に影響があったとされている。

(1936-, 40,000t, 30knot, 16in *3*3, 190mm in 1:1250 semi-scratched based on C.O.B.Constructs and Miniatures /3D printing model)

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高千穂級巡洋戦艦高速戦艦):改畝傍級

畝傍級には、上述のような課題が発見され、 特に上部構造の改修に力点が置かれた設計の見直しが行われた。

こうして、畝傍級3•4番艦は高千穂級として建造された。両艦は「高千穂」「白根」と命名された。

 

主要な設計要目は畝傍級と同じで、40,000トンの船体に16インチ砲を10門搭載し、船体配置の若干の見直しにより、より大型の機関を搭載することができ、速力は32ノットを発揮することができた。副砲は畝傍級同様、砲塔形式とケースメイト形式の混載としたが、後に対空兵装の必要性が高まるにつれ、対空兵装への置き換えが行われた。

(1939-, 40,000t, 32knot, 16in *3*2+16in *2*2, 2 ships,, 193mm in 1:1250 semi-scratched based on Superior)

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(直上:新造時の高千穂級)

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 (直上:改装後の高千穂級:副砲塔を撤去し、対空兵装を集中装備した)

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 (高千穂級高速戦艦2隻:白根(手前:対空兵装強化後の姿、高千穂(奥:新造時))

 

こうして金剛級代艦は都合5隻が建造された。

いずれも条約切れ後の就役となったため、最終的に金剛級の4隻との代替とはならず、金剛級もその持ち前の高速性能から第一線にとどまるべく数次に渡る改装を経て現役にあり、結果、日本海軍は都合9隻の巡洋戦艦高速戦艦)を保有することになった。

奇しくも、この時点で八八艦隊計画は、当初の形とは異なる形ではあったが、八九艦隊として一応の完成を見た。

 

Imperial Russian Navy, Soviet Navy /ロシア帝国海軍。ソビエト海軍

ロシア帝国は、その国土の成り立ち上、バルト海黒海、極東の三方面に艦隊を展開していた。

バルト海黒海に展開する艦隊は、基本、内海を制する海防戦艦的な性格が強く、加えて黒海艦隊は、トルコとの取り決めから、黒海を出ることはできなかった。

極東には東アジアにおける覇権確立のために太平洋艦隊が建設され、主として日本海軍を仮想敵とした。太平洋艦隊の建設により、ロシア帝国海軍に高い航洋性を備えた近代戦艦への需要が高ま理、旅順港に優先的に配備された。。

 

ナヴァリン (戦艦) - Wikipedia

Russian battleship Navarin - Wikipedia

(1894-, 10206t, 15knot, 12in *2*2 )

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バルト海用の戦艦。極めて低乾舷で4本煙突が特徴的。航洋性を疑問視されながらも、バルティック艦隊に加わり、極東へ回航された。

 

シソイ・ヴェリキィー (海防戦艦) - Wikipedia*

Russian battleship Sissoi Veliky - Wikipedia

(1896-, 10400t, 15.7knot, 12in *2*2)

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バルト海用に建造された戦艦。高い乾舷を持ち、航洋性を確保するなど、低速を除くと、海防戦艦ながら近代戦艦の要件をほぼ満たしている。

 

近代戦艦:前弩級戦艦 pre-Dreadnought battleship

ペトロパブロフスク級戦艦 - Wikipedia*

Petropavlovsk-class battleship - Wikipedia

(1899-, 11354t, 16knot, 12in *2*2, 3 ships

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ロシア海軍初の近代戦艦。日本がイギリスに発注した富士級戦艦への対抗上から、最初から太平洋艦隊での就役を想定し設計された。ロシアの持つ、列強と遜色のない設計能力、建艦技術を証明した。唯一、航続距離が短いことが難点であり、のちにこれが大きく災いした。

 

ロスティスラブ (戦艦) - Wikipedia

Russian battleship Rostislav - Wikipedia

(1896-, 8880t, 15knot, 10in *2*2)

(no photo)

黒海艦隊用に建造された。シソイ・ヴェリキィーの準同型艦である。トルコとの取り決めで、ロシアの黒海艦隊は黒海を出ることができず、行動範囲が限定された。

 

ペレスヴェート級戦艦 - Wikipedia*

Peresvet-class battleship - Wikipedia

(1901-, 13320t, 18knot, 10in *2*2, 3 ships)

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ロシア級装甲巡洋艦の強化型の意味合いの強い艦である。その為、主砲口径が小さく、軽装甲であるが、高速を発揮する。

 

ポチョムキン=タヴリーチェスキー公 (戦艦) - Wikipedia

Russian battleship Potemkin - Wikipedia

(1903-, 12480t, 16knot, 12in *2*2)

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黒海艦隊の主力艦として建造された。ロシア革命の先駆的な反乱を起こした感として非常に有名である。

 

レトヴィザン (戦艦) - Wikipedia*

Russian battleship Retvizan - Wikipedia

(1901-, 12708t, 18knot, 12in *2*2)

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太平洋艦隊向けの戦艦として、アメリカに発注された。アメリカ戦艦メイン級をタイプシップとして設計され、その性能は良好であった。旅順要塞陥落時には旅順港に着底していたが、その後日本海軍に捕獲回収され、日本海軍の戦艦肥前となって就役した。

 

ツェサレーヴィチ (戦艦) - Wikipedia*

Russian battleship Tsesarevich - Wikipedia

(1903-, 13105t 18knot, 12in *2*2)

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前出のレトヴィザン同様、太平洋艦隊向けの戦艦として、フランスに発注された。流麗なタンブルホームの外観を持つ。おそらく帝政ロシア海軍の戦艦としては最高の性能を持っていた。後のボロジノ級のタイプシップとなった。

 

ボロジノ級戦艦 - Wikipedia*

Borodino-class battleship - Wikipedia

(1904-, 14091t, 18knot, 12in *2*2, 5 ships)

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前出のツェザレヴィッチ をタイプシップとし種々の改良を追加された。ロシアでライセンス生産されたが、その過程で設計のバランスを失い、特に復元性に課題を抱える艦となってしまった。同型艦5隻のうち3隻は日本海海戦で喪失し、1隻は日本海軍に捕獲され、大改修ののち戦艦石見として日本海軍に所属した。大改修は課題の復元性の改善に主眼が置かれ、副砲塔の撤去、上甲板の廃止等が行われ、艦容は大きく変化した。

 

強化型近代戦艦:準弩級戦艦 semi-Dreadnought battleship

エフスターフィイ級戦艦 - Wikipedia*

Evstafi-class battleship - Wikipedia

(1910-, 12738t, 16knot, 12in *2*2 & 8in*4, 2 ships)

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黒海艦隊用戦艦。中間砲として20.3センチ単装砲を4門、装備した帝政ロシア海軍初の強化型近代戦艦(準弩級戦艦)である。

 

インペラートル・パーヴェル1世級戦艦 - Wikipedia

Andrei Pervozvanny-class battleship - Wikipedia

(1911-, 17320t, 18.5knot, 12in *2*2 & 8in *2*4, 8in *6, 2 ships)

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いわゆる強化型近代戦艦(準弩級戦艦)で、中間砲として20.3センチ砲を連装砲塔4基、単装砲6基として計14門、装備していた。

 

Dreadnought /Super-Dreadnought Era (around WW1)

日露戦争以前は世界三大海軍国の一角を占めていたロシア海軍であったが、日露戦争でほぼ壊滅に近い損害を受けた。開戦時には3隻の弩級戦艦保有し、2隻が建造中であった。

 

弩級戦艦  Dreadnought battleship

ガングート級戦艦 - Wikipedia

Gangut-class battleship - Wikipedia

(1914-, 24,800t, 24.1knot, 12in *3*4, 4 ships)

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(1914年、23,360トン: 30.5cm3連装4基、23ノット)同型艦4隻

ロシア海軍初の弩級戦艦で、バルト海での運用を念頭に設計された。後述のイタリア海軍の弩級戦艦、ダンテ・アリギエリの設計をほぼ踏襲している。23ノットの優速を得るためにやや装甲が抑えられている。

 

インペラトリッツァ・マリーヤ級戦艦 - Wikipedia

Imperatritsa Mariya-class battleship - Wikipedia

(1915-, 22,600t, 21knot, 12in *3*4, 3 ships) f:id:fw688i:20190113180541j:image

(1915年、22,600トン: 30.5cm3連装4基、21ノット)同型艦3隻

ロシア海軍黒海向けに建造した弩級戦艦。前述のガングート級の改良型である。改良点としては、速力をやや抑え、防御力を高めている。

 

 

 

 

Royal Navy (HMS) /イギリス海軍

Pre-Dreadnought /Semi-Dreadnought Era

イギリス海軍では、この近代戦艦の時代から、特に戦艦においてはその砲戦距離の伸長に伴う射撃理論の構築等の観点から、戦隊での行動、艦隊運動などに注目が高まる。かつ二国標準といって、同時に二カ国の艦隊を相手取る能力を意識しはじめ、これらが相まって、同型艦をある程度の数そろえる傾向が見られるようになる。

 

近代戦艦:前弩級戦艦 pre-Dreadnought battleship

ロイヤル・サブリン級戦艦 - Wikipedia*

Royal Sovereign-class battleship - Wikipedia

(1892- 14,380t, 16knot, 13.5in *2*2,  7 ships )

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近代戦艦の嚆矢とされる記念すべき艦である。 まだ、主砲は露砲塔形式で搭載されている。速力も16.5ノットと、まだ低速に甘んじている。

実は八番艦のフッドでは、全周密閉型の砲塔が導入された。しかしその結果、重量増対策として砲塔甲板を下げざるを得ず、乾舷の低い、外観の異なる艦になってしまった。

 

マジェスティック級戦艦 - Wikipedia*

Majestic-class battleship - Wikipedia

(1895-, 16,060t, 17knot, 12in*2*2, 9 ships)

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主砲口径をロイヤルソブリン級の34センチから30センチに改め(ただし35口径の長砲身)、初めて砲塔形式で主砲を搭載した。後期の2隻では、どの向きを向いていても装填可能な形式を導入した。また、重油・石炭の混焼型機関が導入され、速力は17ノットに向上している。

二国標準の海軍力整備の思想から、9隻という多くの同型艦が建造された。

 

カノーパス級戦艦 - Wikipedia*

Canopus-class battleship - Wikipedia

(1899-, 14300t, 18knot, 12in*2*2, 6 ships)

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マジェスティック級の高速軽量化型として建造され、初めて18ノットの速力を得た。新型機関の採用により煙突位置がそれまでの並立から前後設置に変わった。

 

フォーミダブル級戦艦 - Wikipedia*

Formidable-class battleship - Wikipedia

(1901-, 14480t, 18knot, 12in*2*2, 8 ships)

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日本がイギリスに発注した敷島型の高性能に刺激され、マジェスティック級の強化型として建造された。主砲に40口径が採用され、新型鋼板の採用で防御力も向上している。高出力機関の採用により18ノットの速力を出す。前期3隻をフォーミダブル級、さらに防御力を向上させた後期5隻をロンドン級と呼称することもある。

近代戦艦のスタンダード、と呼べる艦級である。

 

ダンカン級戦艦 - Wikipedia *

Duncan-class battleship - Wikipedia

(1903-, 13270t, 19knot, 12in *2*2, 6 ships)

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高速軽防御をうたい、19ノットの速力を発揮する。 フォーミダブル級の縮小・高速版である。

 

スウィフトシュア級戦艦 - Wikipedia*

Swiftsure-class battleship - Wikipedia

(1904-, 12175t, 19knot, 10in*2*2, 2ships)

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チリ海軍がアルゼンチン海軍の新型装甲巡洋艦対策として、イギリスに発注した。折から日露開戦の気配が濃厚で、日本海軍が戦争準備のために購入を交渉したが不調に終わり、ロシアの入手を防ぐために、当時日本と同盟関係にあったイギリスが購入した。

ロシア海軍のペレスヴェート級と同様、設計思想には装甲巡洋艦の拡大版の色合いが濃厚で、主砲は10インチとやや小さめの口径が採用され、軽防御、その代わり19.5ノットの高速を有している。

 

装甲巡洋艦 Armored Cruiser

以下の7クラス、36隻が建造された。

各級の変遷を追うと、大変興味深いことに、前述のように、巡洋艦本来の任務への適性に重点を置いた航洋巡洋艦の強化の系譜を辿りながら、次第にその新たな仮想敵となった独海軍の装甲巡洋艦群への対抗上の必要性から、次第に強大な砲力を指向していく傾向が見て取れる。

 

クレッシー級装甲巡洋艦 - Wikipedia

Cressy-class cruiser - Wikipedia

(1901年竣工、12,000トン、23.4cm(40口径)単装砲2基、21ノット)6隻

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いかにも伝統あるイギリス海軍巡洋艦、というシルエットである。その後のイギリス装甲巡洋艦の基本形と言える。

(114mm in 1:1250) 

 

ドレイク級装甲巡洋艦 - Wikipedia

Drake-class cruiser - Wikipedia

(1902年竣工、14,150トン、23.4cm(45口径)単装砲2基、23ノット)4隻

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前級より艦型を大型化し、機関を強力にした。結果、23ノットの高速を得た。大型化により、副砲の搭載数を増やしている。

(128mm in 1:1250)

 

モンマス級装甲巡洋艦 - Wikipedia

Monmouth-class cruiser - Wikipedia

1903年竣工、9,800トン、15.2cm(45口径)連装速射砲2基+同単装速射砲10基、23ノット)10隻

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大型化しすぎた感のあった前級から一転し、軽量化を目指した。備砲は主砲を廃止し前級では副砲であった15センチ砲で備砲を統一した。連装砲塔を前後の上甲板に装備し、舷側砲とあわせて14門を装備した。機関を簡素化しながら23ノットの速力は維持したものの、装甲も軽くしたために、やや不評であった。

(110mm in 1:1250)

 

デヴォンシャー級装甲巡洋艦 - Wikipedia

Devonshire-class cruiser (1903) - Wikipedia

(1905年竣工、10,850トン、19.1cm(45口径)単装速射砲4基、22.25ノット)6隻

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前級の反省から、主砲口径を19センチ級にあげ、これを4門単装砲で装備し、火力を向上させた。防御力も改善され、速力も22ノットを発揮した。

(115mm in 1:1250)

 

デューク・オブ・エジンバラ級装甲巡洋艦 - Wikipedia

Duke of Edinburgh-class cruiser - Wikipedia

1906年竣工、13,550トン、23.4cm(45口径)単装砲6基、23.25ノット)2隻

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主砲を23センチ級単装砲6基とし、一層向上させた。速力は23ノットを回復している。

(124mm in 1:1250)

 

ウォーリア級装甲巡洋艦 - Wikipedia

Warrior-class cruiser - Wikipedia

1906年竣工、13,550トン、23.4cm(45口径)単装砲6基、19.1cm(45口径)単装砲4基、23ノット)4隻

(no photo)

副砲口径を19センチ級に上げている。

 

マイノーター級装甲巡洋艦 - Wikipedia

Minotaur-class cruiser (1906) - Wikipedia

(1908年竣工、14,600トン、23.4cm(50口径)連装砲2基、19.1cm(50口径)単装砲10基、23ノット)2隻

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イギリス海軍最後の装甲巡洋艦。19センチ級副砲の搭載数を10門に強化している。

 

強化型近代戦艦:準弩級戦艦 semi-Dreadnought battleship

キング・エドワード7世級戦艦 - Wikipedia*

King Edward VII-class battleship - Wikipedia

(1905-, 16350t, 18.5knot, 12in*2*2 & 9.2in*1*4, 8 ships)

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砲力強化の為、従来の主砲(30.5 センチ砲 4門)に加え、強力な中間砲(23.4センチ砲 4門)を搭載する最初の中間砲搭載艦として設計された。単一巨砲搭載艦(ドレッドノート)への発展途上の設計である。

 

ロード・ネルソン級戦艦 - Wikipedia*

Lord Nelson-class battleship - Wikipedia

(1908-, 15358t, 18knot, 12in*2*2 & 9.2in*2*4+9.2in*1*2, 2 ships

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前級で試みられた中間砲を強化し、副砲を廃止した。中間砲には前級と同様、23.4センチ砲を採用し、連装砲塔4基と単装砲2基の形式で計10門、搭載した。

砲力は強大であったが、実際には異なる口径の砲の管制・運用は非常に困難で、加えて就役前には、既に単一巨砲搭載艦のドレッドノートが完成しており、完成時から旧式艦として扱われた。

 

Dreadnought /Super-Dreadnought Era (around WW1)

この時期、イギリス海軍は世界最大の海軍であり、その装備の他国に対する優位性は、長いイギリス海軍の歴史を通じ、おそらく頂点にあった。

ドレッドノートの母国だけに、列強中、群を抜いて、22隻の弩級戦艦超弩級戦艦を、さらに9隻の弩級超弩級巡洋戦艦を揃えて、第一次世界大戦に臨んだ。更に超弩級戦艦2隻、超弩級巡洋戦艦1隻が建造中であった。

 

弩級戦艦  Dreadnought battleship

ドレッドノート (戦艦) - Wikipedia

HMS Dreadnought (1906) - Wikipedia

(1906-, 18,110t, 21knot, 12in *2*5)(126mm in 1:1250)

f:id:fw688i:20181103145035j:plain言わずと知れた、弩級戦艦の始祖。この艦の登場が、それまでの全ての戦艦を旧式にしてしまった。

 

ベレロフォン級戦艦 - Wikipedia

Bellerophon-class battleship - Wikipedia

(1909-, 18,800t, 21knot, 12in *2*5, 3 ships)(128mm in 1:1250)

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実用量産型ドレッドノート。副砲の口径を強化した。

 

セント・ヴィンセント級戦艦 - Wikipedia 

St Vincent-class battleship - Wikipedia

(1910-, 19,560t,  21knot, 12in L50 *2*5, 3 ships)(130mm in 1:1250)

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 主砲を50口径に強化し、副砲の数を増やした。既述のように、採用した50口径主砲に不調があり、やがて長砲身砲を諦め、口径を大きく強化する超弩級艦の検討がはじまる。

 

ネプチューン (戦艦) - Wikipedia

HMS Neptune (1909) - Wikipedia

(1911-, 19,680t, 22.7knot, 12in L50 *2*5)(132mm in 1:1250)

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 主砲塔の配置を変更し、全門両舷を指向できるように改善された。

 

コロッサス級戦艦 - Wikipedia

Colossus-class battleship (1910) - Wikipedia

(1911-, 20,225t, 21knot, 12in L50*2*5, 2 ships)(133mm in 1:1250)

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 ネプチューンと同一戦隊を構成することを予定して建造された、ネプチューンの準同型艦。始めて2万トンを超えた。

 

エジンコート (戦艦) - Wikipedia

HMS Agincourt (1913) - Wikipedia

(1914-, 27,500t, 22knot, 12in *2*7)(163mm in 1:1250)

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ブラジル海軍の発注し、途中トルコ海軍が買い取った艦を、イギリスが押収した。主砲塔7基14門、副砲20門は、戦艦の搭載数としては最大である。

 

超弩級戦艦 Super-Dreadnought battleship

オライオン級戦艦 - Wikipedia

Orion-class battleship - Wikipedia

(1912-, 22,200t, 21knot, 13.5in *2*5, 4 ships)(141mm in 1:1250)

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強力な主砲として期待された50口径30.5センチ砲であったが、命数、精度に課題があった。そのため本艦から34.3センチ砲を主砲として採用し、全ての砲塔を首尾線上に配置し両舷への射界を確保した。初の超弩級戦艦 である。

 

キング・ジョージ5世級戦艦 (初代) - Wikipedia

King George V-class battleship (1911) - Wikipedia

(1912-, 23,000t, 21knot, 13.5in *2*5, 4 ships)(145mm in 1:1250)

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基本的にはオライオン級の準同型艦である。 主砲が改善され弾量が上げられた。

 

アイアン・デューク級戦艦 - Wikipedia

Iron Duke-class battleship - Wikipedia

(1914-, 25,000t, 21.25knot, 13.5in *2*5, 4 ships)(150mm in 1:1250)

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キング・ジョージ5世級の改良型。副砲の口径を15.2センチ砲と強化した。

 

カナダ (戦艦) - Wikipedia

HMS Canada: ex Chilean battleship Almirante Latorre - Wikipedia

(1915-, 28,600t, 22.5knot, 14in *2*5)(158mm in 1:1250) She was bought by the United Kingdom's Royal Navy for use in the WW1.

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チリ海軍の発注艦を、第一次大戦の勃発とともにイギリスが買い取った。35.6センチ砲を主砲として搭載している。 

 

エリン (戦艦) - Wikipedia

HMS Erin - Wikipedia

(1914-, 22,780t, 21knot, 13.5in *2*5)(126mm in 1:1250)

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トルコ海軍が発注した艦を、イギリスが押収し、艦隊に編入した。 キング・ジョージ5世級を基本設計としている。

 

クイーン・エリザベス級戦艦 - Wikipedia

Queen Elizabeth-class battleship - Wikipedia

(1915-, 29,150t, 25knot, 15in *2*4, 5 ships)(154mm in 1:1250)

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38.1センチ砲を主砲として採用し、砲力の格段の強化を図った。あわせて速力を25ノットとして、高速化を図った。高速戦艦の登場である。

 

近代化改装

最終改装では、艦橋構造の変更、副砲の撤去と対空兵装の充実などが行われ、艦容が一変するほどのものとなった。装甲重量、重厚な艦橋など、重量の増加に伴い、速力の低下を甘んじて受け入れざるを得なかった。

(1942近代化改装後: 32,930t, 23knot, 15in *2*4, 5 ships,154mm in 1:1250) 

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(f:id:fw688i:20190413190914j:image

(直上の写真:上段、改装前、下段、改装後)

  

リヴェンジ級戦艦 - Wikipedia

Revenge-class battleship - Wikipedia

(1916-, 28,000t, 23knot, 15in *2*4, 5 ships)(150mm in 1:1250) 

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アイアン・デューク級の船体に38.1センチ砲を搭載する方針で設計された。重油専焼ボイラーを搭載し、速力を23ノットとした。 

 

近代化改装

最終改装はクイーン・エリザベス級ほど徹底したものではなかったが、防御装甲の強化、舷側へのバルジの追加、対空兵装の強化などが行われ、速力が低下した。

(1942近代化改装後 33,500t, 21.5knot, 15in *2*4, 5 ships, 150mm in 1:1250) 

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(直上の写真:上段、改装前、下段、改装後)

 

ネルソン級戦艦 - Wikipedia

en.wikipedia.org

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(1927-, 33,950t, 23knot, 16in *3*3, 2 ships, 176mm in 1:1250 by Mountford)

ワシントン軍縮条約の結果、英海軍は本級の新造を認められた。本級はワシントン条約で定められた制限排水量内での最大攻撃力と最大防御力を目指した、いわゆる新標準で最初に設計された戦艦となった。このため16インチ主砲を三連装砲とに収め、すべて前甲板に配置し、集中防御を徹底するなど大変意欲的な設計となった。一方で速力は23ノットに甘んじた。

 

英海軍の整備計画

特に第一次大戦の惨禍に疲弊著しい英国は新造艦の計画を持たなかったが、保有枠一杯に既存艦を維持することとした。あわせて、すでに相当数該当する代替艦手当の可能なクラスから、一部建造計画を見直したG3級(インビンシブル級巡洋戦艦、N3級(ブリタニア級)戦艦を置き換えていく検討を始めた。

しかし、当初の設計案を条約の制約内でそれぞれの設計を実現することは困難で、あわせて疲弊した国力下での財政て縦の目処は立たず、条約期間内に建造されることはなかった。

わずかに、代替艦として、ロドニー級を新たに2隻建造し、艦隊に編入した。

以下に、検討にあがったG3級巡洋戦艦、N3戦艦の要目を示しておく。

 

G3型巡洋戦艦 - Wikipedia

G3級の特徴は、まずそれまでの概念を覆すほどの外観である。その得意な武装配置、機関配置が具現化しようとしたものは、集中防御と砲撃精度、さらには機関の集中による高速力の確保であった。巡洋戦艦に分類されているが、これは同時期に計画されたN3級戦艦との対比によるもので、同時期の戦艦よりも早く、重武装、重防御であった。

しかし条約の定めた42,000トンの制約ではどうしても実現できず、条約期間中に建造される事はなかった。

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(48,400t, 32knot, 16in *3*3, 2 ships, 215mm in 1:1250 semi-scratched based on Superior)

 

N3型戦艦 - Wikipedia

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前出のG3級巡洋戦艦と同一の設計構想に基づく得意な外観を有している。G3級が速度に重点を置いた一方で、N3級戦艦は重武装にその重点が置かれていた。計画では、速度をネルソン級戦艦と同等の23.5ノットに抑える一方、主砲を18インチとした。

こちらも条約制約により16インチ主砲装備とした場合、ネルソン級で十分で、条約期間中に建造される事はなかった。
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(48,000t, 23.5knot, 20in *3*3, 2 ships, 200mm in 1:1250 semi-sucratched based on Superior)

 

日米両海軍が、条約下でその戦力を充実させることに一定の成功を収めたのに対し、英海軍は既存戦力の維持にとどまり、明暗が分かれる結果となった。

 

 

弩級巡洋戦艦 Dreadnought battlecruiser

インヴィンシブル級巡洋戦艦 - Wikipedia

Invincible-class battlecruiser - Wikipedia

(1908-, 17,373t, 25.5knot, 12in *2*4, 3 ships)(136mm in 1:1250)

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 戦艦と同等の砲力と、巡洋艦の速力を兼ね備えた新しい大型装甲巡洋艦として設計され、巡洋戦艦の始祖となった。

 

インディファティガブル級巡洋戦艦 - Wikipedia

Indefatigable-class battlecruiser - Wikipedia

(1911-, 18,500t, 25knot, 12in *2*4, 3 ships)(144mm in 1:1250) 

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 インヴィンシブル級の改良型で、主砲の反対舷への射界を改善した。副砲の搭載数を増やしている。

 

超弩級巡洋戦艦 Super-Dreadnought battlecruiser

ライオン級巡洋戦艦 - Wikipedia

Lion-class battlecruiser - Wikipedia

(1912-, 26,270t, 27knot, 13.5in *2*4, 3 ships)(167mm in 1:1250)

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主砲を34.3センチ砲とし、全て首尾線上の配置とした超弩級巡洋戦艦である。 

  

タイガー (巡洋戦艦) - Wikipedia

HMS Tiger (1913) - Wikipedia

(1914-, 28,430t, 28.7knot, 13.5in *2*4)(170mm in 1:1250)

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日本の金剛級の改良型として建造された。機関の配置等に工夫が見られ、射界が改善された。 

 

レナウン級巡洋戦艦 - Wikipedia

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(1916-, 27,200t, 32knot, 15in *2*3, 2 ships, 194mm in 1:1250 by Neptune)

本級は、究極の巡洋戦艦(速力は最良の防御)を具現化すべく、30ノット以上の速力を発揮し、かつクイーン・エリザベス級と同等の15インチ主砲を搭載する、という設計思想で建造された。後にユトランド沖海戦の戦訓などから、防御力の改善が行われたが、それでも純分なレベルには達し得なかった。しかし、その高速性は、有用で、レナウンは数次の階層を経て、第二次世界大戦を通じ第一線で活躍した。

 

近代化改装

艦橋をキング・ジョージ5世級と同様の塔型のものに改め、装甲等を強化し重厚な艦容となった。対空兵装を強化するなどに伴う重量の増加で、速力が27ノットに低下した。

(1939近代化改装後 32,000t, 27 knot, 15in *2*3, 2 ships, 194mm in 1:1250 by Neptune)

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(直上の写真:上段、改装前、下段、改装後)

 

フッド (巡洋戦艦) - Wikipedia

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(1920-, 46,680t, 32knot, 15in *2*4, 216mm in 1:1250 by Neptune)

英海軍が建造した最後の巡洋戦艦である。非常に優美な外観を持ち、英国民からは「マイティ・フッド」の愛称で呼ばれ、英海軍を象徴する艦として親しまれた。 

建造中に発生したユトランド沖海戦で、英海軍は巡洋戦艦を失い、その防御力の全弱性が指摘された。このため本艦では、その高速性を毀損しない限界まで防御力に対する見直しが行われた。

 

近代化改装

史実では本艦は1941年5月21日、デンマーク海峡海戦で独戦艦ビスマルクにより撃沈されてしまうが、ここではさらにその後の近代化改装を受けた形を示している。改装により艦橋構造が塔型となり、キング・ジョージ5世級戦艦に採用された両用砲を装備した。装甲がさらに強化され有力艦となったが、優美さはやや損なわれ、さらに速力が低下した。

(1939近代化改装後: 48,500t, 27 knot, 15in *2*4, 216mm in 1:1250 by Superior 

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(直上の写真:上段、改装前、下段、改装後)

 

新戦艦の時代

キング・ジョージ5世級戦艦 - Wikipedia

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本級の建造に当たっては、当初、主砲口径の選択肢が16インチ、15インチ、14インチの三案あったとされている。英国は海軍軍縮条約の継続を強く望んだため、新造戦艦の設計で他国を刺激することを恐れ、その政治的配慮から最も控えめな設計を選択したとされている。

結果、本級は14インチ砲を選択し、さらに当初4連装砲塔3基12門の予定であった搭載数を、防御装甲への割り当てを増やすために4連装砲塔2基と連装砲塔1基、計10門の変則配置とすることになった。

結果、本級は防御力を重視した戦艦として建造された。

一方で、その攻撃力は、新設計の主砲、新設計の4連装砲塔など、大変意欲的な取り組みが見られたが、軽量化のために砲塔の高さを減じた窮屈な設計となり、故障の多発など信頼性に疑問が持たれるものとなった。

副砲として対艦・対空の両用砲を初めて採用し、連装砲塔8基16門を搭載した。両用砲として採用されたこの砲であったが、対艦射撃時の威力を重視したために、重い弾体が採用され、対空射撃時の速射性に課題が残った。

速力は28ノットと、前出のフランス、イタリアの新造戦艦に比較するとやや抑えた設計であった。 

(1940-, 42,245t, 28.3 knot, 14in *4*2 +2*1, 5 ships, 181mm in 1:1250 by Neptune)

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ライオン級戦艦 - Wikipedia

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軍縮条約の継続を望んで、新造戦艦の第一弾であるキング・ジョージ5世級をやや控えめな設計とした英海軍であったが、やはりその諸元は列強の新造戦艦に対し、やや物足りず、ライオン級はこれを大きくしのぐ意欲的な設計となった。

前級のキング・ジョージ5世級戦艦は攻撃力にはやや見劣りがしたものの、その防御設計には見るべきものが多く、結局ライオン級は前級をタイプシップとしてその拡大強化型として設計された。

その為、艦容はほぼ前級を踏襲したものとなった。

主砲には新設計のMarkII 16インチ砲を採用し、同じ16インチ砲を搭載したネルソン級の手法よりも15%重い弾体を撃ち出すことができた。この結果、垂直貫徹力で2割、水平貫徹力で1割、その打撃力が向上したとされている。

この新型砲を三連装砲塔にまとめ、前甲板に2基、後甲板に1基を配置した。副砲には、前級と同じく対艦・対空両用砲を採用した。

防御形式は、定評のあった前級のものをさらに強化したものとした。

速力は、基本、前級と変わらないものとされたが、短時間であれば30ノットの高速を発揮することができた。前級同様、5隻が建造された(史実では建造されていませんので、ご注意を)。

(1942-, 44,000t, 28.5 knot, 16in *3*3,  5 ships, 207mm in 1:1250 by Superior)

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ヴァンガード (戦艦) - Wikipedia

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新標準艦隊(The New Standard Fleet)計画の、いずれは計画的に代替される旧式戦艦 (リヴェンジ級)の主砲転用から着想した、比較的安価な急造高速戦艦建造プランの発展形が、本艦の設計の根幹にあった。

従って、主砲は15インチ砲であることは確定しており、船体の設計はキング・ジョージ5世級、あるいはライオン級に負うところが大きい。副砲も前2級同様の対空・対艦両用砲を採用している。

(1944, 48,500t, 30 knot, 15in *2*4, 200mm in 1:1250 by ???)

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(英海軍新戦艦の艦型比較:左から、キング・ジョージ5世級、ライオン級ヴァンガード

 

 

 

Imperial German Navy (SMS)/ ドイツ帝国海軍

Pre-Dreadnought /Semi-Dreadnought Era

ドイツ海軍の戦艦は、元々がバルト海向けの沿岸用海防戦艦から始まっていることと、キール運河の通行、港湾施設での運用等から、ライバル国のイギリス、フランスに比べひと回り小型であった。近代戦艦の時代に入り、以下の5クラス24隻を建造した。

 

近代戦艦:前弩級戦艦 pre-Dreadnought battleship

ブランデンブルク級戦艦 - Wikipedia*

Brandenburg-class battleship - Wikipedia

(1894-, 10013t, 17knot, 11in/L40*2*2 & 11in/L35*2, 4 ships

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28センチ主砲を、前中後部の3基の連装砲塔に搭載している。しかしこの艦の設計時期には未だ斉射法は導入されておらず、のちの弩級艦的発想からの配置ではなく、さらにその前時代の砲塔艦(ターレット艦)の名残であると言えるであろう。速力は16ノットと、やや遅い。

 

カイザー・フリードリヒ3世級戦艦 - Wikipedia*

Kaiser Friedrich III-class battleship - Wikipedia

(1898-, 11097t, 17.5knot, 9.4in*2*2, 5 ships)

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前級から、主砲口径を24センチに下げ、連装砲塔2基、4門に数を減少させ、その代わり主砲・副砲ともに速射砲とした。中距離で収束した弾道での射撃弾量を増やすことを念頭に開いた設計である。

 

ヴィッテルスバッハ級戦艦 - Wikipedia*

Wittelsbach-class battleship - Wikipedia

(1902-, 12798t, 18knot, 9.4in*2*2, 5 ships)

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前級と一個戦隊を構成し、行動を共にすることを念頭に設計されている。基本的には前級の設計を踏襲し、使用鋼材の改良等を行なった。

 

ブラウンシュヴァイク級戦艦 - Wikipedia*

Braunschweig-class battleship - Wikipedia

(1904-, 14394t, 18knots, 11in *2*2, 5 ships)

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本級から、これまでフランス艦隊としてきたその想定戦闘相手をイギリス艦隊とした。28センチ速射砲の完成により、本級から、主砲を前級の24センチから28センチ連装砲塔2基とし、あわせて副砲を17センチ速射砲とし、砲力を格段に強化した。

 

ドイッチュラント級戦艦 - Wikipedia*

Deutschland-class battleship - Wikipedia

(1906-, 13200t, 18.5knots, 11in*2*2, 5 ships)

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前級と同一戦隊を組んで行動することを想定して建造された。基本的に前級の改良版である。大きな改良点としては、前級では副砲の一部を砲塔形式としていたがこれを全て砲郭形式とし、この軽量化によって浮いた重量を防御に回した。あわせて機関の強化に努め、速力を保持した。

 

装甲巡洋艦 Armored Cruiser

以下の6クラス、9隻が建造された。

当初から、準主力艦の位置付けに置かれていた。次第に,その機動性に戦艦との差異を求め、その側面で特性を伸ばしていく。

 

フュルスト・ビスマルク (装甲巡洋艦) - Wikipedia

SMS Fürst Bismarck - Wikipedia

(1900年、10,700トン、24cm(40口径)連装砲2基、18.7ノット)f:id:fw688i:20181111120042j:image

 ドイツの装甲巡洋艦は、既にその最初の級である本艦から、当時のドイツ海軍の主力戦艦「カイザー・フリードリヒ3世級」「ヴィッテルスバッハ級」と同等の主砲を装備している。外洋巡行性に優れた艦型を有し、速力は戦艦に対し若干の優速であった。

 (100mm in 1:1250)

 

プリンツ・ハインリヒ (装甲巡洋艦) - Wikipedia

SMS Prinz Heinrich - Wikipedia

(1902年、8,890トン、24cm(40口径)単装速射砲2基、19.9ノット)f:id:fw688i:20181111120109j:image

前級と同様、当時の戦艦と同等の口径の主砲を装備しているが、連装を単装に改め、副砲数を減らし、一方で戦艦に対する優速性を高めている。(100mm in 1:1250)

 

プリンツ・アーダルベルト級装甲巡洋艦 - Wikipedia

Prinz Adalbert-class cruiser - Wikipedia

1903年、9,090トン、21cm(40口径)連装速射砲2基、20.4ノット)2隻

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主砲口径を縮小し、一方で戦艦に対する優速性をさらに高めている。(100mm in 1:1250)

 

ローン級装甲巡洋艦 - Wikipedia

Roon-class cruiser - Wikipedia

(1905年、9,550トン、21cm(40口径)連装速射砲2基、21.1ノット)2隻

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前級の特徴を継承し、戦艦への優速性を一層充実した、大変バランスの取れた艦となった。(101mm in 1:1250)

 

シャルンホルスト級装甲巡洋艦 - Wikipedia

Scharnhorst-class cruiser - Wikipedia

(1907年、11,610トン、21cm(40口径)連装速射砲2基+同単装速射砲4基、23.5ノット)2隻

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艦型を大型化し、強力な機関を搭載し優速性を一層高めた。あわせて主砲を舷側にも配置し砲力を大幅に強化した。首尾方向に4門、側方へ主砲6門を指向できた。(114mm in 1:1250)

 

ブリュッヒャー (装甲巡洋艦) - Wikipedia

SMS Blücher - Wikipedia

(1909年、15,840トン、21cm(44口径)連装速射砲6基、25.4ノット)

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主砲は前級と同口径(21センチ)であるがさらに長砲身(44口径)を採用し、戦艦並みの射程を得た。連装砲塔6基12門の主砲数は、従来の装甲巡洋艦の概念を一新するものであったが、既に英海軍にはインヴィンシブルを始めとする巡洋戦艦が建造されていた。

その長射程、高速を有するがゆえに、第一次大戦においては巡洋戦艦部隊に組み入れられ、苦戦することになる。 (128mm in 1:1250)

  

Dreadnought /Super-Dreadnought Era (around WW!)

イギリスに対抗すべく、急速にその海軍を充実させ、開戦時には弩級戦艦14隻、弩級巡洋戦艦4隻を保有し、弩級戦艦3隻、弩級巡洋戦艦2隻が建造中であった。主砲口径は英艦に比べひと回り小さいが、長砲身砲の安定性では英国を上回り、その伝統的に強靭な防御力とあわせ、英国の超弩級戦艦・巡洋戦艦に匹敵する実力を備えていた

大戦中に、38センチ級の主砲を持つ超弩級戦艦を建造し、同様の超弩級巡洋戦艦の建造計画に着手していた。

 

弩級戦艦 Draednought battleship

ナッサウ級戦艦 - Wikipedia

Nassau-class battleship - Wikipedia

(1910-, 18,000t, 19knot, 11in *2*6, 4 ships)(117mm in 1:1250) 

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ドイツ海軍初の単一口径主砲搭載の戦艦(弩級戦艦)である。速度は低めながら、ドイツ伝統の重厚な防御力を備えていた。

 

ヘルゴラント級戦艦 - Wikipedia

Helgoland-class battleship - Wikipedia

(1911-, 22,000t, 20.5knot, 12in *2*6, 4 ships)(133mm in 1:1250)

f:id:fw688i:20181012223143j:plain強力な50口径30.5センチ砲を主砲として採用した。 艦型は大型化したが、基本的な配置等は前級の拡大版である。

 

カイザー級戦艦 - Wikipedia

Kaiser-class battleship - Wikipedia

(1912-, 25,000, 21knot, 12in *2*5, 5 ships)(137mm in 1:1250)

f:id:fw688i:20181012223206j:plain初のタービン搭載戦艦で、主砲等の配置が大幅に変更された。これによって主砲搭載数を減らしながらも 、片舷への斉射能力は改善し強化された。

 

ケーニヒ級戦艦 - Wikipedia

König-class battleship - Wikipedia

(1915-, 25,000t, 21knot, 12in *2*5, 4 ships)(139mm in 1:1250) 

f:id:fw688i:20181012223225j:plain基本設計は前級に準じたものだったが、主砲塔の配置を全て首尾線上においたため、外観上は大きく変化した。 

 

超弩級戦艦 Super-Dreadnought battleship

バイエルン級戦艦 - Wikipedia

Bayern-class battleship - Wikipedia

(1916-, 28,000t, 22knot, 15in *2*4, 4 ships planned/ 2 ships completed)(143mm in 1:1250)

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(1916年、28,000トン: 38.1cm連装砲4基、22ノット)同型艦2隻 2隻未 (143mm in 1:1250)

主砲に38センチ砲を採用した初の超弩級戦艦である。

 

L20e 級戦艦(計画のみ)

L 20e α-class battleship - Wikipedia

(planned, 43,000t, 26knot, 16.5in *2*4)(192mm in 1:1250)

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主砲に42センチ砲の採用を計画していた。速力も格段に改善され、高速戦艦を目指す設計であった。 

 

弩級巡洋戦艦 Dreadnought battlecruiser

フォン・デア・タン (巡洋戦艦) - Wikipedia

SMS Von der Tann - Wikipedia

(1910-, 19,370t, 24.8knot, 11in *2*4)(136mm in 1:1250)

f:id:fw688i:20181012223309j:plain巡洋戦艦インヴィンシブルに対抗して設計された。高速を得るためにタービン機関を採用しているが、当時、大型艦用タービンはドイツ国内ではブローム・ウント・フォス社だけしか生できず、同社を巡洋戦艦専用メーカーと定め、戦艦への供給をしばらく見送った。

 

モルトケ級巡洋戦艦 - Wikipedia

Moltke-class battlecruiser - Wikipedia

(1910-, 22,979t, 25.5knot, 11in *2*5, 2 ships)(151mm in 1:1250)

f:id:fw688i:20181117132559j:plain実験的な性格の強かった前級フォン・デア・タンの改良型で、主砲を50口径に強化し、主砲塔も1基追加して砲力を強化した。 前部乾舷が低く、波をかぶりやすかった。

 

ザイドリッツ (巡洋戦艦) - Wikipedia

SMS Seydlitz - Wikipedia

(1913-, 24,988t, 26.5knot, 11in *2*5)(160mm in 1:1250)

f:id:fw688i:20181012223339j:plainモルトケ級の改良型。 前部乾舷を一段上げ凌波性を向上させた。艦型を縦長にし、速力を向上させた。

 

デアフリンガー級巡洋戦艦 - Wikipedia

Derfflinger-class battlecruiser - Wikipedia

(1914-, 26,600t, 26.5knot, 12in *2*4, 3 ships)(167mm in 1:1250)

f:id:fw688i:20181012223419j:plain主砲を50口径30.5センチ砲とし、4基の砲塔を首尾線上に配置し両舷への射線を確保した。 

 

超弩級巡洋戦艦(未成艦のみ)Super-Dreadnought battlecruiser 

マッケンゼン級巡洋戦艦 - Wikipedia

Mackensen-class battlecruiser - Wikipedia

(imcompleted, 31,000t, 28knot,13.8in *2*4, 4 ships planned)(178mm in 1:1250)

f:id:fw688i:20181012223441j:plain主砲を50口径35.6センチ砲と強化する予定であった。 

 

ヨルク代艦級巡洋戦艦 - Wikipedia

Ersatz Yorck-class battlecruiser - Wikipedia

(imcompleted, 33,500t, 27.3knot, 15in *2*4, 3 ships planned)(182mm in 1:1250)

f:id:fw688i:20181012223506j:plain基本的にマッケンゼン級の設計を引き継ぎ、加えて主砲を 38.1センチとする予定であった。

 

新戦艦の時代:ドイツ再軍備宣言と英独海軍協定

ヴェルサイユ体制による重度の賠償責任等により、ドイツ経済は疲弊の極みにあり、その混乱の中で1934年、ヒトラーが首相と大統領の両機能を統合し国家元首に就任し政権を握る。

1935年、ヒトラーヴェルサイユ条約の軍事制限条項を破棄し再軍備を宣言する。

同年、再軍備は受け入れざるを得ないとしながらも、その拡張に歯止めをかけるべく英独海軍協定が結ばれ、総トン数で英海軍の35%、潜水艦保有も英海軍の45 %まで保有が認められた。

これにより戦闘艦の建造制約が名実ともになくなり、ドイッチュラント級装甲艦の強化型として建造される予定で、フランスのダンケルク級戦艦への対抗上から設計を大幅に見直されていたシャルンホルスト級は、30,000トンを超える本格的な戦艦として起工された。

 

シャルンホルスト級戦艦 - Wikipedia

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(1939-, 31.500t, 31.5 knot, 11in *3*3, 3 ships, 191mm in 1:1250 by Hansa)

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シャルンホルスト級戦艦は当初、前述のように、フランス海軍によって建造されたダンケルク級戦艦に対抗するべく誕生した。この為、主砲は、当初15インチ砲の搭載を想定したが、建造時間を考慮しドイッチュラント級と同様の11インチ砲3連装砲塔を1基増やし9門に増強するにとどめた。一方でその装甲はダンケルク級の33センチ砲弾にも耐えられるものとし、ドイツ海軍伝統の防御力に重点を置いた艦となった。

速力は重油燃焼高圧缶と蒸気タービンの組合せにより、31.5ノットの高速を発揮した。

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(シャルンホルスト級3隻:手前からグナイゼナウ、マッケンゼン、シャルンホルスト)手前味噌的な記述になることを恐れずに言うと、本級はバランスのとれた美しい外観をしている、と感じている。

 のちに、11インチ主砲はビスマルク級戦艦と同様の15インチ連装砲に置き換えられ、攻守にバランスのとれた、加えて31.5ノットの高速力を持つ優秀艦となった。

特に31.5ノットの高速性能は、当時、ヨーロッパにはこれを捕捉できる戦艦がなく、ヨーロッパ諸国の危機感を強く刺激した。

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(主砲を15インチ連装砲塔に換装後のシャルンホルスト級3隻:手前からシャルンホルストグナイゼナウ、マッケンゼン)

 

ビスマルク級戦艦 - Wikipedia

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1935年、ドイツは再軍備を宣言し、同年、英独海軍協定の締結により、事実上、ヴェルサイユ条約による新造艦の建造制約から解き放たれた。

手始めにフランスのダンケルク級戦艦に対抗すべくシャルンホルスト級戦艦が建造されたが、その後、前出の諸列強の新造戦艦の設計に対しては見劣りがし、より強力な戦艦の建造が望まれた。

ビスマルク級戦艦はそのような背景から設計され、最終的には15インチ連装砲塔4基8門を主兵装とする強力な攻撃力、速力30ノットの高い機動性、防御装甲の全体重量へ占有率39%の堅牢な艦体を有する有力な戦艦となった。

英独海軍協定では、一応35,000トンという新造戦艦に対する制限が謳われていたが、公称は制限内としたものの、実際には制限を無視した41,700トンの、就役当時としては世界最大の戦艦であった。

一方で、主砲等兵装配置、防御設計などは非常にオーソドックスで、当時の列強の新造戦艦が、様々な新機軸をその設計に盛り込んだのに対し、目新しさ、という点では特筆すべきところのない艦であった。

これは、ドイツがヴェルサイユ条約下で厳しい海軍戦力に対する制限を課せられ、設計人材、技術等のブランクが生じたため、とする説も見られる。

上記に示すように、本級は確かに強力な戦艦ではあったが、史実では、最初で最後の出撃となった「ライン演習」での目覚ましい戦果(戦艦フッド、プリンス・オブ・ウェールズとの対決と、フッドの轟沈)とその後の悲劇的な最後が伝説化し、実情以上にその戦闘力が過大に評価された傾向がないわけではないと考えられる。

(1940-, 41,700t, 30 knot, 15in *2*4, 3 ships, 202mm in 1:1250 by Hansa)f:id:fw688i:20190331144058j:image

 

 

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ビスマルク級の3隻:手前から、ティルピッツ、ヒンデンブルクビスマルク

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(前級シャルンホルスト級との比較。ビスマルク(上)、シャルンホルスト(下)。艦幅が一回り大きいことがよくわかる。シャルンホルスト級は主砲をビスマルク級と同じ15インチに換装後の姿)

 

英独海軍協定で、戦艦の建造に対する呪縛から逃れたドイツ海軍は、このビスマルク級を起点として、Z計画なる海軍再建を目論んでおり、この後に続くすべての戦艦が、このビスマルク級の設計を基本計としていた。

 

ドイツ海軍のZ計画

 第一次世界大戦の敗戦で、ドイツはその海軍力に大きな制限を課されることになった。1万トン以上の排水量の艦を建造することが禁じられ、その建造も代替艦に限定された。戦勝国側の概ねの主旨は、ドイツ海軍を沿岸警備の軍備以上を持たせず、外洋進出を企図させない、というところであったろうか。

しかし、戦後賠償等の混乱の中で、ドイツにはナチス政権が成立し、1935年に再軍備を宣言、海軍力についても、同年に締結された英独海軍協定で、事実上の制限撤廃が行われた。

主力艦についても、それまでの建艦制限を超えたシャルンホルスト級が建造され、その後、就役時には世界最大最強と謳われるビスマルク級戦艦を建造するに至った。

Z計画は、1939年以降の海軍増強計画を記したもので、このプランには二つの大きな柱があった。一つは英国を仮想敵とした場合、通商破壊戦を展開することが有効であることは、第一次世界大戦の戦訓で明らかであった。これを潜水艦(Uボート)と装甲艦(ポケット戦艦)のような中型軍艦 、あるいは偽装商船のような艦船で行うにあたり、英海軍による北海封鎖を打破することは必須であり、そのためには強力な決戦用の水上戦力が必要であった。

史実では1939年のドイツのポーランド侵攻と共に、英仏がドイツに対し宣戦布告し、第二次世界大戦が始まったため、Z計画は中止となったが、本稿ではドイツのポーランド侵攻後も英仏はこれを非難しつつも宣戦布告せず、Z計画は1942年まで継続する。

 

 

 

戦艦フリードリヒ・デア・グロッセ(Freidrich der Grosse):改ビスマルク級戦艦

フランス海軍のリシュリュー級の優秀な主砲に対抗するために、ビスマルク級の強化改良型として、一隻のみ建造された。設計、配置などその殆どがビスマルクに準じ、唯一、主砲のみ55口径の長砲身15インチ砲を採用した。

この艦をZ経過の派生と見るか、ビスマルク級の改良と見るかは意見が分かれるところである。

(1941, 44,000t, 30 knot, 15in *2*4, 218mm in 1:1250 by Superior)

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ビスマルク級とフリードリヒ・デア・グロッセの艦型比較:上、ビスマルク、下、フリードリヒ・デア・グロッセ 砲塔配置などほとんど同じレイアウトで若干大きさが違うことがわかる)

 

バイエルン級(H級戦艦) - Wikipedia

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Z計画に基づき、1939年に起工された。基本はビスマルク級の拡大改良版である。装備の配置、上部醸造のレイアウトなど、酷似している。主砲口径を拡大し、ドイツ海軍初となる16インチ砲を連装砲塔で4基8門搭載した。速力はビスマルク級と同じく30ノットとして、主機はオール・ディーゼルであり、本級の艦体規模においての採用は非常に特異なものであった。

巨大なディーゼル主機の搭載により、長大な航続距離と高速航行が可能となり、一方で艦型は巨大なものになり、煙突が二本となった。

バイエルンプロイセン、バーデンの3隻が建造された。

(1942-, 53,000t, 30 knot, 16n *2*4, 3 ships, 225mm in 1:1250 by Hansa)

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(直上写真はバイエルン級の3隻:手前からバイエルンプロイセン、バーデン)

 

戦艦グロースドイッチュラント(Grossdeutschland)

Z計画に基づき、1941年に起工された。前級バイエルン級をさらに拡大したもので、乙書主砲に17インチ砲を採用する計画があった。しかし、風雲急を告げるヨーロッパの情勢に鑑み、建造が急がれたため、主砲にはバイエルン級と同じ実績のある16インチ砲が採用され、ただし三連装砲塔4基12門と搭載数を大幅に増やしたものとなった.

主機は全級に引き続きオールディーゼルとし、長大な航続距離と、この巨大な艦型にも関わらず、28.8ノットの高速を発揮した。

計画では3隻が建造される予定であったが、第二次世界大戦開戦とともに2隻がキャンセルされ、グロースドイッチュラント1隻が完成した。

 

本艦の就役がZ計画艦の最後となり、ドイツ海軍はシャルンホルスト級3隻、ビスマルク級3隻、フリードリヒ・デア・グロッセ、バイエルン級3隻、グロスドイッチュラントの計11隻の戦艦で、第二次世界大戦に臨むこととなった。

(1942, 63,000t, 28.8 knot, 16in *3*4, 233mm in 1:1250 by Superior)f:id:fw688i:20190413191251j:imagef:id:fw688i:20190413191302j:image

(直上写真は、ドイツ海軍の誇る戦艦群の艦型比較:左から、ビスマルク級、フリードリヒ・デア・グロッセ、バイエルン級、グロスドイッチュラント:レイアウトの相似性、艦型の拡大傾向が興味深い

 

新たな通商破壊艦

冒頭に記述したように、Z計画。有力なには二つの柱があった。一つは強力な決戦艦隊の整備による英海軍主力艦の撃滅であり、それらはこれまでに記した諸戦艦の建造の目的とするところであった。

もう一つは、上記の艦隊決戦により英艦隊による海上の封鎖線を解き、そこから広範囲に向けて浸透した潜水艦・通商破壊艦を用いた通商破壊戦の展開であり、英国を屈服させるには、こちらの有効な展開にこそ、戦争そのものへの勝機を見出すことができるはずであった。

アフリンガー級巡洋戦艦は、この目的のために建造された、いわば通商破壊専任戦闘艦であった。

デアフリンガー級巡洋戦艦(O級巡洋戦艦) - Wikipedia

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本級は、通報破壊を専任とする為に、通商路の防備に当たる巡洋艦以上の艦種との戦闘を想定せず、従ってこの規模の戦闘艦としては、非常に軽い防御装甲しか保有していなかった。基本、単艦での行動を想定するが故に、複数の巡洋艦との交戦を避けることができるだけの速力を持ち、あるいは運用面では、その強力な火砲で敵艦隊の射程外から、アウトレンジによる撃退を試みるとした。 

一方で機関にはディーゼルを採用し、長大な航続距離を用いて神出鬼没に敵の通商路を襲撃することを企図して設計された。

主砲にはビスマルク級と同じ15インチ砲を採用し、これを連装砲塔3基に収めた。

アフリンガー、モルトケ、フォン・デア・タンの3隻が建造された。(史実では建造されていませんので、ご注意を)

本級は、開戦初期こそ、設計通りに戦線背面への浸透を果たし、その戦果を挙げたが、航空機の目覚ましい発達により、次第にその活動に神出鬼没性が失われ、あわせて軽めに設定された防御力が裏目に出て、主として航空機による攻撃により、すべて撃沈されるという結果となった。

(1941, 38,000t, 33 knot, 15in *2*3, 3 ships, 207mm in 1:1250 by Hansa)

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(直上写真は、デアフリンガー級の3隻:手前から、デアフリンガー、モルトケ、フォン・デア・タン)


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( 直上写真はデアフリンガー級とシャルンホルスト級の艦型比較。下:デアフリンガー級、上:シャルンホルスト級。デアフリンガー級の大きな二つの煙突位置から、その搭載する巨大な機関が推測できる)

 

 

French Navy /フランス海軍

Pre-Dreadnought /Semi-Dreadnought Era

フランス海軍は、実に多くの近代戦艦を建造している。その形式は12級を数えるが建造された戦艦数は23隻にすぎない。多くが同型艦を持たぬ、いわ試行錯誤であったと言ってもいいかもしれない。

加えて「新生学派」(ジューヌ・エコール)と呼ばれる、ある意味では、いかにも議論の国フランスらしい、「大艦巨砲主義」の対局をゆく海軍戦略の一派の台頭による戦艦建造への予算制約、建造条件の設定など、いわば戦艦にとって「暗黒時代」を経て、迷走の続く時期であった。

確かにこの時期は、蒸気装甲艦の出現後、初めて日清、日露での実戦が行われ、多くの戦略的、戦術的データがあらわれた時期でもあり、その中で多くの仮説の具現化によってこのような現象が発生する必然があったと言えるかもしれない。

が、経緯はどうあれ、日本海軍が日清・日露で実証し、その後、ドイツやイギリス、日本などが目指した同一口径の戦隊による艦隊決戦の思想を進めるには、この現象は不適合の度合いが強いと言わざるを得ず、次第に世界の海軍力の、特に主力艦における装備と戦術の組織的整備の趨勢から、フランスは脱落する。

 

一方で、その設計は常にユニークで、例えば他国に先駆けた副砲の砲塔化、あるいは四連装砲塔の実現など、その技術的な発展には見るべきものが、この後も多い。

 

一転して、艦船模型的な視点で見ると、宝箱のような海軍である。実にコレクター魂を揺さぶられる。

例えば、1891年から就役したシャルル・マルテル準級(準級:緩やかなグループ、ということだろうか)には5隻の戦艦が属しているとされるが、排水量・備砲・速力などは似ているものの、デザイナーが異なる、一種の競争試作のような様相を呈している。

永年の仮想敵であったイギリス海軍は、既にほぼ同時期に、常に同型艦を多数揃え、戦隊での統一指揮下における戦闘運用を構想するという設計思想を確立しており、そうした統一構想を持たないフランス艦隊を、「サンプル艦隊」と揶揄したが、まさにこの「サンプル」感覚から、この優美な(筆者にとっては!?)艦船群が生み出されたと、感謝したいと思うのである。 

 

近代戦艦:前弩級戦艦 pre-Dreadnought battleship

ブレニュス (戦艦) - Wikipedia

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(1891-, 11,190t, 18knot, 13.4in *2*1+11,97mm in 1:1250 by WTJ )

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「新生学派」時代(ジュール・エコール)における、最初の戦艦 である。

13.4インチ(34センチ)砲を主砲とし、前部に連装砲塔、後部に単装砲塔の形で搭載した。全周装甲の連装砲塔や、16センチ速射砲を単装砲塔形式で登載、あるいは新型のボイラー採用等、新機軸を多数盛り込んだ意欲的な設計であった。当時としては18ノットの高速を発揮した。

 

シャルル・マルテル準級 

大鑑巨砲に懐疑的な「新生学派」支配下のフランス海軍は、次世代の主力艦に明確な構想を見出せないままに、主として英海軍への対抗上、建艦計画をスタートさせた。上記のブレニュスとほぼ平行して、シャルル・マルテル準級が建造される。これは、設計の基本スペックを規定し、すなわち排水量(11,500t ±)、搭載砲(30.5cm * 2+27cm *2)、速力(17.5 knot ±)などのスペックを与え、設計者・造船所による一種の競争試作のような様相で建造されたグループである。

シャルル・マルテル、カルノー、ジョーレギベリ、マッセナ、ブーヴェの5隻が属している。いずれも主兵装を菱形配置とし、12インチ(30.5センチ)砲2門を艦の前後に、10.8インチ(27センチ)砲2門を艦の左右に単装砲等で登載している。

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 (シャルル・マルテル:左上段、カーノウ:左下段、マッセナ:右上段、ブーヴェ:右中段、ジョーレギベリ:右下段) 

注:それぞれの塗装は筆者のオリジナル塗装です。この様な迷彩(?)塗装の記録はありません。「ふざけるな!」<<<お叱りごもっともです。ご容赦ください)

 

シャルル・マルテル (戦艦) - Wikipedia

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(1897, 11,639t, 18knot, 12in *2 + 10.8 *2   94mm in 1:1250, WTJ)  

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ブレスト海軍造船所が建造した。美しいタンブルホーム型船体を持つ艦である。 副砲を単装砲塔形式で装備している。

 

カルノー (戦艦) - Wikipedia

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(1897, 11,954t, 17.8knot, 12in *2 + 10.8in *2, 98mm in 1:1250, WTJ)  

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トゥーロン海軍造船所が建造した。 

 

ジョーレギベリ (戦艦) - Wikipedia

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(1897, 11,818t, 17knot, 12in *2 + 10.8 *2   89mm in 1:1250, WTJ)  

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設計者はアントワーヌ・ジャン・アマブル・ラガヌ、ラ・セーヌ造船所で建造された。本艦のみ副砲を連装砲塔で装備している。連装の副砲は前部艦橋と後部艦橋のそれぞれ脇の上甲板状に配置され、広い射界を与えられた。

設計者のラガヌは、本艦の設計以前にフランス戦艦「マルソー」(菱形主砲配置の先駆的存在)、やスペイン戦艦「ペラーヨ」を手がけたベテランで、この後、我々にも馴染みのあるロシア太平洋艦隊旗艦の「ツェザレヴィッチ」の設計を手がけることになる。

 

マッセナ (戦艦) - Wikipedia

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(1896, 11,735t, 17knot, 12in *2 + 10.8in *2   94mm in 1:1250, WTJ)  

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設計者はルイス・マリー・アンヌ・ド・ビュシィで、世界初の装甲巡洋艦である「デュピュイ・ド・ローム」の設計者でもある。ロアール造船所で建造された。世界初の3軸推進の戦艦となった。

完成後は、設計に対し重量超過となり、肝心の装甲帯が水中に没し、かつ極端なタンブルホーム形状から、安定性に問題があったとされている。

 

ブーヴェ (戦艦) - Wikipedia

(1898, 12,007t, 18knot, 12in *2 + 10.8in *2  96mm in 1:1250 , WTJ) 

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シャルル・マルテル準級の最終艦である。ロリアン造船所で建造された。

寸法、排水量とも同準級の他艦を少し上回るサイズとなったが、最新式のハーヴェイ・ニッケル鋼を走行に用いるなど、同準級の中では最もバランスの取れた艦となったとされている。

 

シャルルマーニュ級戦艦 - Wikipedia

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シャルル・マルテル準級でフランス海軍が主力艦のあるべき姿を瞑想(迷走?)している間に、英海軍は近代戦艦の標準を見出し、これの量産には入ろうとしていた。この量産には、同一口径の巨砲を数多く揃え、これらを統一指揮する戦術的な要件も含んでいた。

これに対応するために、フランス海軍が建造したのが、シャルルマーニュ級の戦艦軍である。

(1899-, 11275t, 18knot, 12in *2*2, 3 ships   94mm in 1:1250, WTJ)

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本級の建造直前まで、上記のシャルル・マルテル準級の迷走の中に、フランス海軍はあったが、そのような経緯を断ち切って本級は生まれた。背景には英独の建艦競争による装備充実があったと思われる。

いたって標準的な外観に、標準的な近代戦艦の要件をまとめ上げた、

 

イエナ (戦艦) - Wikipedia

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(1902-, 11688t, 18knot, 12in *2*2   100mm in 1:1250,  Hai)

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前級シャルルマーニュの改良型として1隻建造された。改良点は副砲と装甲の強化であった。

 

シュフラン (戦艦) - Wikipedia

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(1904-, 12432t, 17knot, 12in *2*2   99mm in 1:1250, WTJ)

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シャルルマーニュ級の更なる改良型として、1隻のみ建造された。 副砲を単装砲塔に収め、両舷に3基づつ配置している。のちのロシア戦艦ツェザレヴィッチの設計にも影響があったのではないかと思われる。

 

レピュブリク級戦艦 - Wikipedia*

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(1906-, 14605t, 19knot, 12in *2*2, 2 ships  103mm in 1:1250, Navis)

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これまでフランス戦艦には、排水量に制限がかけられていたが、本級ではそれが撤廃される。設計は日本でも「三景艦」で馴染みのある、エミール・ベルタンで、これまでの戦艦とは異なる外観をしている。連装砲塔に収められた主砲、一部の副砲も連装砲塔に収めるなど、フランス艦のいくつかの特徴が見られる。

が、就役時には、すでにドレッドノートが就役しており、いわゆる旧式新造艦のラベルを貼られることになった。

 

強化型近代戦艦:準弩級戦艦 semi-Dreadnought battleship

リベルテ級戦艦 - Wikipedia*

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(1908-, 14860t, 19knot, 12in *2*2 & 7.6*10, 4 ships   103mm in 1:1250, Navis)

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副砲として19.4センチ単装砲を10基保有している、いわゆる強化型近代戦艦(準弩級戦艦)である。外観は、前級とほぼ変わらず副砲の口径、数、配置が変わった。

本級も前級同様、就役時には、すでにドレッドノートが就役しており、いわゆる旧式新造艦であった。

 

ダントン級戦艦 - Wikipedia*

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(1911-, 18754t 19knot, 12in *2*2 & 9.4in *2*6, 6 ships   116mm in 1:1250), Navis

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前級からさらに艦体を大型化し、副砲口径を前級の19.4センチから、24センチの強化した。この副砲を連装砲塔6基に収めている、いわゆる強化型近代戦艦(準弩級戦艦)である。

本級も就役時には、イギリスはもちろん、ドイツ、アメリカも弩級戦艦を次々に就役させており、旧式新造艦 として就役せざるを得なかった。

 

 

装甲巡洋艦 Armored Cruiser

フランスは世界初の装甲巡洋艦を世に送り出した、いわばこの分野の家元である。

中口径砲の発達に伴い、通商破壊(あるいは通商破壊艦からの商船護衛)を主任務とする巡洋艦の防御力強化の必要性から生まれた艦種で、日本海軍などに代表される、戦艦戦力の補助、いわばミニ戦艦的役割の艦隊決戦戦力としての「装甲巡洋艦」とは、一線を画し、速力と航続力を重視した設計になっている。

巡洋戦艦登場までの約20年間に、11クラス、25隻を建造した。

 

デュピュイ・ド・ローム (装甲巡洋艦) - Wikipedia

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(1895: 6,676t 19.7knot, 7.6in *2 + 6.4in *6 92mm in 1:1250, WTJ)

世界初の装甲巡洋艦の栄誉を担う艦である。

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フランス海軍は、速射砲の性能向上に伴う戦闘艦の攻撃力の格段の強化に伴い、これに対抗し船団護衛、もしくは通商破壊をその主任務とする巡洋艦に、近接戦闘での戦闘能力を喪失し難い能力を与えるべく、舷側装甲を追加した。これが装甲巡洋艦である。

19.4センチ速射砲2基と16.3センチ速射砲8基を装備し、19.7ノットの速力を出すことができた。

性能もさることながら、そのデザインの何と優美な事か。

 

アミラル・シャルネ級装甲巡洋艦 - Wikipedia

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(1895, 4,748t, 18knot, 7.6in *2 + 5.5in *6, 4 ships, 89mm 9n 1:1250 WTJ)

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前級を小型化し、量産したもので、 やや航続距離が短い。

 

ポテュオ (装甲巡洋艦) - Wikipedia

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(1897, 5,374t, 19knot, 7.6in*2 + 5.5in *10, 93mm in 1:1250, Hai)

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フランス海軍の3クラス目の装甲巡洋艦である。フランス艦の象徴ともいうべきタンブルホーム船体を採用した最後の装甲巡洋艦である。 

舷側装甲をやや薄くし、航洋性を高めている。

 

ジャンヌ・ダルク (装甲巡洋艦) - Wikipedia

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(1899, 11,445t, 21knot, 7.6in *2 + 5.5in *14, 116mm in 1:1250, WTJ)

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艦型を一気に大型化し、高速と大航続距離を兼ね備えた艦となった。以降のフランス海軍の装甲巡洋艦の標準的な設計となった。

 

ゲイドン級装甲巡洋艦 - Wikipedia

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(1902-, 9,516t, 21.4knot, 7.6in *2 + 6.5in *8, 3 ships、101mm in 1:1250/ Hai社製改造)

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前級をやや縮小し、汎用装甲巡洋艦として量産したものである。副砲口径を再び6.5インチとした。

(迷彩は、筆者のオリジナルです。ごめんなさい)

 

デュプレクス級装甲巡洋艦 - Wikipedia

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(1904-, 7,600t, 20knot, 6.5in *2*4, 3 ships   103mm in 1:1250, WTJ)

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植民地警備等、遣外任務用に設計されたクラスで、前級よりもやや小型である。6.5インチ(16センチ)砲を主砲とし、連装砲塔4基として搭載している。

 

アミラル・オーブ級装甲巡洋艦 - Wikipedia

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(1904-, 9,534t, 21knot, 7.6in *2+6.5in *8, 5 ships   113mm in 1:1250, WTJ)

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ゲイドン級の改良型、主として防御能力を向上した。6.5インチ(16センチ)副砲の半数を砲塔形式で装備している。 

 

レオン・ガンベッタ級装甲巡洋艦 - Wikipedia

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(1903, 12,400t, 22.5knot, 7.6in *2*2 + 6.5in *2*6 +1*4, 3 ships  115mm in 1:1250, Navis)

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主砲を連装砲塔で艦の前後の搭載し、あわせて副砲も 連装砲塔の形式で左右両舷に各3基ずつ、さらにケースメイト形式で両舷各2基づつを搭載し、砲力を前級の2倍に強化した。

 

ジュール・ミシュレ (装甲巡洋艦) - Wikipedia

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(1906, 13,105t, 22.5knot, 7.6in *2*2 +6.5in *12, 115mm in 1:1250, Hai)

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前級の準同型艦である。主砲を新型の強力なものに改め、副砲の搭載数をやや減らし、あわせて速力強化を狙った。

 

エルネスト・ルナン (装甲巡洋艦) - Wikipedia

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 (1909, 13,644t, 23knot, 7.6in *2*2 +6.5in *12)

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前級同様、速力向上を狙い、やや船体長を延長した。

 

エドガー・キーネ級装甲巡洋艦 - Wikipedia

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(1911-, 13,847t, 23knot, 7.6in *2*2 +7.6in *10, 2 ships. 124mm in 1:1250 3D printing model by Master of Miy)f:id:fw688i:20190127150911j:image

フランス海軍が建造した最後の装甲巡洋艦である。当初、前級と同型として起工されたが、建造中に副砲を廃し、搭載砲を7.6インチ(19センチ)主砲14門とした。

 

Dreadnought /Super-Dreadnought Era

かつてはイギリスと並ぶ世界の2大海軍国の名をほしいままにしていたフランスだったが、列強の近代戦艦の開発時期に「新生学派」と言われる大艦巨砲主義の対局をいく派閥が力を持ち、以降、建艦政策において長きにわたり迷走の時代を迎え、主力艦の建造競争からは脱落した。

第一次世界大戦開戦時は弩級戦艦3隻を保有し、 1隻が建造中であった。

 

弩級戦艦  Dreadnought battleship

クールベ級戦艦 - Wikipedia

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(1913-, 23,475t, 21knot, 12in *2*6, 4 ships)(128mm in 1:1250, Navis)

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フランス初の弩級戦艦。前後に背負い式の砲塔配置を行い、前後方向に8射線、片舷に対し10門の射線を確保している。 

 

超弩級戦艦 Super-Dreadnought battleship

プロヴァンス級戦艦 - Wikipedia

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(1915-, 24,000t, 20knot, 13.4in *2*5, 3 ships)(134mm in 1:1250, Neptun)

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34センチ主砲を連装砲塔5基に装備し、首尾線上の配置とした超弩級戦艦。上の写真は新造時の写真。

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直上の写真は大改装後の外観を示している。主砲塔1基が撤去されている)

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こちらも大改装後の写真ながら、主砲塔5基を残した姿を現している。ご参考に 

 

ノルマンディー級戦艦 - Wikipedia

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(Planned,  25,230t, 21knot, 13.4in *4*3, 5 ships planned)(141mm in 1:1250, Navis)

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主砲塔を4連装 とした先進的な設計である。以降、新造されたフランス戦艦はこの4連装砲塔を継承していくことになる。

 

リヨン級戦艦 - Wikipedia

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(Planned, 29,600t, 23knot, 13.4in *4*4, 4 ships planned)(155mm in 1:1250)

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 ノルマンディー級の拡大強化版として設計された。4連装砲塔を1基増やし、34センチ主砲を16門搭載した強力な艦になる予定であった。

 

新戦艦の時代

ダンケルク級戦艦 - Wikipedia

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本級の建造に当たっては、確かに前述のドイッチュラント級装甲艦への即効性のある対抗策としての側面も強かったが、第一次世界大戦前のプロヴァンス級以来、久々の新造戦艦の建造にあたり、攻撃力、防御力、機動力をどのようにバランスをとりながら具現化するかと言う命題に対する、次期本格主力艦建造への実験艦的な性格が強い。

武装としては、新設計の13インチ(33センチ)砲を、未完に終わったノルマンディー級戦艦以来のフランス海軍悲願の4連装砲塔2基に、艦首部に集中的に搭載し、あわせて発展著しい航空機の脅威に備えて、世界初となる水上戦闘にも対空戦闘にも使用できる13センチ両用砲16門を、連装砲塔2基、4連装砲塔3基の形で搭載した。

艦種名に正式に「高速戦艦」の分類が割り当てられ、公称30ノット、実際には31.5ノットの高速を発揮することができた。機関の搭載にも新基軸が見られ、シフト配置を採用することにより、被弾時の生存性を高めるなど、種々の新機軸への取り組みが見られた。

(1937-, 26,500t, 31.5knot, 13in *4*2, 2ships, 170mm in 1:1250 by Hansa)

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本艦は過渡期的なやや小ぶりの船体を除けば(それでもフランス海軍がそれまでに建造した最大の戦艦である)、高い機動性、集中防御の思想、対空戦闘への対応力、ダメージコントロールへの新たな工夫など、それまでの戦艦の概念を一新するものであり、「新戦艦」の幕開けとなった戦艦であると言っていいであろう。

 

本級の登場は諸国海軍の戦艦整備政策に大きな影響を与え、前回述べたようにドイツ海軍はドイッチュラント級4番艦、5番艦を、30,000トンを超える本格的なシャルンホルスト級戦艦として設計変更の上建造した。

 

リシュリュー級戦艦 - Wikipedia

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ダンケルク級の建造によりイタリア海軍が15インチ砲装備の高速新型戦艦を建造を開始し、また英独海軍協定によりヴェルサイユ条約の制約から解放されたドイツ海軍も、シャルンホルスト級戦艦に続き、やはり15インチ砲搭載の新型戦艦を建造するという情報を得るに至り、フランス海軍も新型戦艦の建造に着手した。

基本形は前級ダンケルク級の拡大版であり、主砲口径を15インチに拡大し、これを4連装砲塔2基に、ダンケルク級と同様前甲板に搭載した。この15インチ砲は非常に優秀な砲で、20,000メートル台の砲戦距離ならば、日本海軍が後日建造する大和級を除くすべての戦艦の装甲を打ち抜くことができた。

前級では対艦・対空の両用砲を搭載したが、本級では対空射撃の可能な6インチ砲を採用し、これを3連装砲等3基に搭載した。高角砲としては10センチ砲を連装砲塔で6基搭載した。

また本級では煙突と後檣を合体させたMACK構造が採用されており、その特徴的な主砲配置と合わせて非常に近代的な関係となった。

速力は30ノットを発揮し、4連装砲塔の採用で浮いた重量を防御装甲に回すなど、機動性と攻守を兼ね備えた強力艦となった。

(1940-, 48,180t,  30 knot, 15in *4*2, 2 ships, 197mm in 1:1250 by Hansa)

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ガスコーニュ (戦艦) - Wikipedia

https://en.wikipedia.org/wiki/Richelieu-class_battleship#Gascogne

本級はリシュリュー級の改良型である。そのため基本的なスペックはほぼリシュリュー級に準じている。大きな変更点としては、主砲塔の配置をリシュリュー級の前甲板への集中装備から、上部構造の前後への振り分け配置として事である。

この配置の変更については、リシュリュー級の就役後に、同級の真艦尾方向への火力不足への懸念が、運用現場から強力に挙げられたことによるとされている。ガスコーニュ、クレマンソーの2艦が建造された(史実では建造されていません。ご注意を)

(1941-, 48,180t,  30 knot, 15in *4*2, 2 ships, 197mm in 1:1250 by Hansa)

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(直上の写真:ガスコーニュ級の2隻:手前:ガスコーニュ、奥:クレマンソー) 

 

アルザス級戦艦 - Wikipedia

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本級はリシュリュー級をタイプシップとして、これを改良・拡大したものである。

特にリシュリュー級以来採用されている1935年型正38センチ砲は非常に優秀な砲で、20,000メートル台の砲戦距離ならば、日本海軍が後日建造する大和級を除くすべての戦艦の装甲を打ち抜くことができると言われていた。

このリシュリュー級以降、フランス海軍自慢の4連装砲塔を、後部甲板に一基追加し、主砲12門を搭載する強力な戦艦となった。

その他の構造的な特徴は、ほぼリシュリュー級を踏襲し、近代的で美しいフォルムを持つ艦であった。

アルザスとノルマンディーの2隻が建造された(史実では建造されていません。ご注意を)。

(1942-, 51,000t, 30 knot, 15in *3*4, 2 ships, 214mm in 1:1250 by Tiny Thingamajigs 3Dprinting model)

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(直上の写真:アルザス級の2隻:手前:アルザス、奥:ノルマンディー)

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(フランス海軍新戦艦の艦型比較:下から、ダンケルク級リシュリュー級、ガスコーニュ級、アルザス級 艦型の大型化の推移と、主砲等の配置の水位が興味深い)

 

 

下のリンク、フランス海軍の艦船開発史について、大変興味深くまとめていらっしゃいます。

上記の整理についても、大変参考にさせて頂きました。紹介させて頂きます。

フランス艦艇に興味のある方、必読です。

軍艦たちのベル・エポック(前編)

軍艦たちのベル・エポック(後編)

 

US Navy /アメリカ海軍

 Pre-Dreadnought /Semi-Dreadnought Era

大西洋における英独の建艦競争、太平洋における日露の建艦競争、両方の刺激を受けて、アメリカ海軍は多くの戦艦を結果的に建造する。その結果、ドレッドノートの就役時には、世界第2位の海軍力に到達する。

武装と防御力に重点が置かれ、速力はやや抑えられる傾向があった。

 

インディアナ級戦艦 - Wikipedia*

Indiana-class battleship - Wikipedia

(1895-, 10288t, 15knot, 13in* 2:2, 3 ships)

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アメリカ海軍が建造した初の本格的戦艦であった。

主砲として33センチ砲を連装砲塔2基に収め、副砲として20.3センチ砲をこちらも連装砲塔4基に配置した重武装艦である。一方、速力は15ノットに甘んじ、乾舷が低く、荒天時には主砲は使えない恐れがあった。

 

アイオワ (BB-4) - Wikipedia*

USS Iowa (BB-4) - Wikipedia

(1897-, 11348t, 17knot, 12in *2*2)

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前級インディアナ級の改良型。主砲口径を30.3センチに抑え、配置位置を高くし、航洋性を向上させた。速力16ノット。

 

近代戦艦:前弩級戦艦 pre-Dreadnought battleship

キアサージ級戦艦 - Wikipedia*

Kearsarge-class battleship - Wikipedia

(1900-, 11540t, 16knot, 13in *2*2 & 8in *2:2, 2 ships)

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インディアナ級戦艦と同様、重武装を目指す。33センチ砲を主砲とし副砲をその上部に同様の砲塔形式で搭載すれば、副砲塔の数を減らしながらも両舷への砲力を減殺せずに済む、との発想から、設計された。親子砲塔という特異な形状を持っている。

発想は卓抜であったが、射撃時に主砲・副砲双方の爆風が干渉し、実用面では命中精度の低下など、不具合が生じた。

 

イリノイ級戦艦 - Wikipedia*

Illinois-class battleship - Wikipedia

(1900-, 12250t, 16knot, 13in *2*2, 3 ships)

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33センチ主砲を収めた主砲塔の前面形状に傾斜を持たせ、耐弾性を高めた。親子砲塔を廃止し、船首楼を復活し航洋性を高めた。

 

メイン級戦艦 - Wikipedia*

Maine-class battleship - Wikipedia

(1902-, 12846t, 18knot, 12in *2*2, 3 ships)

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ロシアから受注したレトヴィザンを参考とし、速力を列強と同等の18ノットとし、主砲も列強と同じく40口径30.5センチ砲を採用した。この砲は従来の35口径33センチ方よりも初速が速く、有効射程、命中精度共に高い。同様に副砲も50口径15.2センチ砲が採用され、総合的な砲力が強化された。

 

強化型近代戦艦:準弩級戦艦 semi-Dreadnought battleship

バージニア級戦艦 - Wikipedia*

Virginia-class battleship - Wikipedia

(1906-, 14948t, 19knot, 12in *2*2 & 8in *2*4, 5 ships)

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20.3センチ連装砲4基を中間砲として装備した強化型近代戦艦(準弩級戦艦)である。中間砲の搭載形式として再び親子砲塔を採用した。機関が強化され、速力は19ノットを発揮した。

 

コネチカット級戦艦 - Wikipedia*

Connecticut-class battleship - Wikipedia

(1906-, 16000t, 18knot, 12in *2*2 & 8in *2*4, 6 ships)

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前級ヴァージニア級の改良型で、主砲・中間砲の口径はそのままとし、副砲の口径が15.2センチから17.8センチに強化された。艦型は大型化したが、機関出力を抑え、速力を18ノットで我慢した。

 

ミシシッピ級戦艦 - Wikipedia*

Mississippi-class battleship - Wikipedia

(1908-, 13000t, 17knot, 12in *2*2 & 8in *2*4, 2 ships)

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 艦型を小型化し建造経費を抑える思想で建造された。速力も17ノットに甘んじざるを得ず、あまり評判は芳しくなかった。就役時には既にドレッドノートが就役しており、いわゆる旧式新造艦となってしまった。

 

Dreadnought /Super-Dreadnought Era (around WW1)

米西戦争以降、海軍力の充実に力を入れたアメリカ海軍は、第一次大戦開戦時には弩級戦艦8隻、超弩級戦艦2隻を保有する、英独に次ぐ海軍に成長していた。特にその主砲配置には先進性があり、早い時期から背負い式砲塔の配置などを導入し、首尾線上に主砲塔を配置し、合理的な射線確保を追求していた。

一方、速力に関しては一貫して21ノットを貫いた。

開戦後も超弩級戦艦を次々に建造し、大戦終了時には、英海軍に次ぐ強大な戦力を保有していた。

 

弩級戦艦 Dreadnought battleship

サウスカロライナ級戦艦 - Wikipedia

South Carolina-class battleship - Wikipedia

(1910-, 16,000t, 19nkot, 12in *2*4, 2 ships)(113mm in 1:1250)

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米海軍初の弩級戦艦。主砲塔は全て首尾線上に配置され、世界に先駆けて背負い式配置を採用し、両舷への射界を確保している。やや低速であった。

 

デラウェア級戦艦 - Wikipedia

Delaware-class battleship - Wikipedia

(1910-, 20,380t, 21knot, 12in *2*5, 2 ships)(127mm in 1:1250)

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前級より主砲塔を1基増やして、主砲10門の搭載艦とした。速力は21ノットとし、以降、この速力が米戦艦の標準となる。 

 

フロリダ級戦艦 - Wikipedia

Florida-class battleship - Wikipedia

(1911-, 21,825t, 20.8knot,12in *2*5, 2 ships)(125mm in 1:1250) 

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基本設計は前級に倣い、副砲を2問増やし強化した。後部篭マストと後部煙突の位置を逆転している。 

 

ワイオミング級戦艦 - Wikipedia

Wyoming-class battleship - Wikipedia

(1912-,  27,243t, 20.5knot, 12in *2*6, 2 ships)(137mm in 1:1250) 

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 連装主砲塔を1基追加し、主砲12門を搭載する艦となった。

 

超弩級戦艦  Super-Dreadnought battleship

ニューヨーク級戦艦 - Wikipedia

New York-class battleship - Wikipedia

(1914-, 27,000t, 21knot, 16in *2*5, 2 ships)

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主砲を35.6センチ砲とした初の超弩級戦艦である。連装砲塔5基10門を搭載している。

 

ネバダ級戦艦 - Wikipedia

Nevada-class battleship - Wikipedia

(1916-, 27,500t, 20.5knot, 14in *3*2 + 14in *2*2, 2 ships)(142mm in 1:1250)

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前級に倣い35.6センチ主砲を、初めて採用した三連装砲塔2基、連装砲塔2基を、それぞれ艦の前後に 背負式に配置した。以降、この砲塔配置は、アメリカ戦艦の標準的な配置となる。

 

第一次改装(1927-29)

射撃システムの更新に伴い、艦橋構造を三脚式に改められ、射撃方位盤室がそれぞれの頂上に設けられた。
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最終改装時(1942)

舷側の副砲を廃止し、対空・対艦射撃の可能な砲塔式の両用砲に換装した。
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ペンシルベニア級戦艦 - Wikipedia

Pennsylvania-class battleship - Wikipedia

(1916, 31,400t, 21knot, 14in *3*4, 2 ships)(147mm in 1:1250)

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主砲塔を全て三連装とし、12門の主砲をコンパクトに搭載した。この艦以降、機関はタービンとなった。

 

第一次改装(1927-29)

射撃システムの更新に伴い、艦橋構造を三脚式に改められ、射撃方位盤室がそれぞれの頂上に設けられた。

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最終改装時(1942)

舷側の副砲を廃止し、対空・対艦射撃の可能な砲塔式の両用砲に換装した。

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ニューメキシコ級戦艦 - Wikipedia

New Mexico-class battleship - Wikipedia

(1918-,  32,000t, 21knot, 14in L50 *3*4, 3 ships)(152mm in 1:1250)

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主砲を50口径に強化し、新設計の主砲塔を採用した。艦首の形状をクリッパー形式とした。ニューメキシコ のみ、電気推進式タービンを採用した。 

 

第一次改装(1931-33)

射撃システムの更新に伴い、艦橋構造を塔構造に改められた。これは同時に遠方からの視認性を低める効果を狙ったともされている。 

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テネシー級戦艦 - Wikipedia

Tennessee-class battleship - Wikipedia

(1919-, 32,600t, 21knot, 14in L50*3*4,2 ships)(152mm in 1:1250) 

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ニューメキシコ 級の改良型で、艦橋と射撃式装置を拡充した。機関には電気推進式タービンを採用した。 

 

最終改装時(1942)

舷側の副砲を廃止し、対空・対艦射撃の可能な砲塔式の両用砲に換装した。

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コロラド級戦艦 - Wikipedia

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(1921-, 32,600t, 21knot, 16in *2*4, 3 ships, 152mm in 1:1250 by Navis)

米海軍は、日本海軍の長門級建造の詳報を得ると、テネシー級改良型として建造する予定であったコロラド級戦艦の搭載砲を急遽16インチ砲に変更し建造した。上記仕様に明らかなように主砲口径を長門級に同等にした以外は、速力、装甲の厚さなどの防御力は基本仕様はテネシー級と変わらず14インチ砲搭載艦と同等のままであり、特に速力においては劣速が顕著だった。

 

最終改装時(1942)

舷側の副砲を廃止し、対空・対艦射撃の可能な砲塔式の両用砲に換装した。

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ケンタッキー(サウスダコタ1920)級戦艦  - Wikipedia

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前級のコロラド級戦艦は、既述のように日本海軍の長門級が16インチ砲を搭載しているという情報に基づき、本来はテネシー級の改良型として建14インチ砲搭載艦として建造される予定であった。その為、備砲のみ16インチでその防御は16インチ砲に対するものではなかった。

従って、ケンタッキー級は、初めて当初から16インチ砲を搭載することを念頭に設計された戦艦であった。パナマ運河航行を考慮して、艦型に大きな変化を与えず、従来のいわゆる米海軍の標準的戦艦の設計を踏襲した上で、機関、備砲(16インチ12門)と16インチ砲に見合う防御を兼ね備えた艦となった。備砲と防御はもちろん最強であったが、あわせて速力もこれまでの米戦艦を上回るものであった。

とはいえ、日本海軍の同時期の戦艦には大きく劣り、実戦となった場合には、このことは相当の不利に働くことになる。

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(42,000t, 23knot, 16in *3*4, 3 ships, 176mm in 1:1250 by Superior)

 

ケンタッキー級、コンステレーション級の近代化改装モデルの到着

本稿第22回でご紹介した通り、日米両海軍は、太平洋を挟んだ緊張の中で、新戦艦の建造と併せて、保有する既存戦艦各級の近代化改装を、数次にわたって行なった。

既存戦艦としては最も最後に建造されたケンタッキー級(史実ではサウスダコタ1920級として知られている)、コンステレーション級(史実ではレキシントン級として知られている。同級のレキシントンサラトガは、航空母艦として建造された)についても、同様の対応がとられ、その外観が一変した。

その改装の目的は、他の既存艦に対する改装同様、射撃システムの一新への対応と副砲を廃し対空・対艦両用砲への変更やその他の対空火器の強化、防御力強化等に置かれていた。

 

これも第22回でご案内した通り、両級は未成艦であるため新造時の模型は製造されていたが、近代化改装後の模型までは存在せず、筆者は、ごく最近になって両級の近代化改装後の3Dプリンティングモデルを発見し、その製作者Tiny Thingajigsに発注をかけ、模型の到着を心待ちにしていた。

直下の写真が到着した未塗装の模型である。

今回、筆者は、比較的柔らかい樹脂であるWhite Natural Versatile Plasticという素材でのプリントアウトを依頼した。柔らかい素材である分、ややフォルムが甘く、もし原型に忠実なシャープな模型を期待する場合には、Smooth Fine Detail Plasticという素材で製作依頼をした方が良いかもしれない。ただし、その場合には、約2.3倍の費用を覚悟する必要があるのでご注意を。

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(直上の写真は、到着時の両モデル。上:ケンタッキー級(サウスダコタ1920級)、下:コンステレーション級(レキシントン級

www.shapeways.com

www.shapeways.com

 

ケンタッキー級(サウスダコタ1920級)近代化改装後

他級の近代化改装同様、射撃システムの変更、副砲撤去、両用砲を砲塔形式で装備、上部構造物の一新、等々で、艦様は新造時と全く異なる、文字通り近代化された様相となった。

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(直上の写真は、ケンタッキー級の新造時(上)と最終改装後(下)の艦様の比較)

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(直上の写真は、いずれも近代化改装後の既存戦艦各級の比較。右下から、ネバダ級、テネシー級、ケンタッキー級。上部構造物の配置と、その周辺の対空火器の強化が興味深い。さらに、米海軍としては初めて設計当初から16インチ主砲搭載艦として設計されたケンタッキー級の大きさがよくわかる)

 

コンステレーション級(レキシントン級)巡洋戦艦 - Wikipedia

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同級のうちレキシントンサラトガ航空母艦に転用建造され、コンステレーションとコンスティチューションの2隻が建造された。

米海軍はこれまで巡洋戦艦を建造せず、米海軍初の巡洋戦艦となった。

それまで、米海軍の主力艦は21ノットの戦隊速度を頑なに守っており、高速艦で揃えられた日本艦隊、あるいは英海軍のクイーン・エリザベス級、レナウン級、アドミラル級などの高速艦隊に対抗する術を持たなかった。これを補うべく設計された同級であったが、当初の設計では、備砲(16インチ8門)と速力は強力ながら(当初設計では33.3ノット)、その装甲は極めて薄く、ユトランド沖海戦以降に、防御に対策を施した諸列強の高速艦には十分に対抗できるものではなかった。

この為、装甲の強化を中心とした防御力に対する見直しが行われ、代わりに速力を30ノットに抑える、という設計変更が行われた。
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(42,000t, 30knot, 16in *2*4, 2 ships, 213mm in 1:1250 by Hai)

 

コンステレーション級(レキシントン級巡洋戦艦 近代化改装

同級もケンタッキー級に準じた、射撃システムの変更、副砲撤去、両用砲を砲塔形式で装備、上部構造物の一新、等々で目での近代化改装を受け、艦様が一変した。

特に、外観上での米海軍主力艦の特徴の一つであった艦上部構造の前後に佇立する篭マストが、塔状の構造物に置き換えられた。

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(直上の写真:舷側に迷彩塗装を施してみた)

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(直上の写真は、コンステレーション級の新造時(上)と最終改装後(下)の艦用の比較)

 

米海軍の新型戦艦

米海軍はワシントン軍縮条約明けに向けて、これまでの標準的なアメリカ海軍の戦艦とは大きく異なる設計思想を持つ新型戦艦を設計した。

これまで、アメリカ海軍は、常に圧倒的な物量を展開することを念頭に、個艦の性能、速度などの優位性よりも、戦艦戦隊の戦闘単位としての威力に重点を置いた艦隊構想を持っていた。

しかし、ユトランド沖海戦の戦訓、さらには発展著しい航空機と新たなその運用戦術となるであろう航空母艦等との連携には、従来の速度では不十分であることが明らかとなり、新型戦艦はこれまでの標準速力を一新する、高速戦艦が俎上にあげられた。

 

さらに、この新型戦艦の搭載主砲には複数案あり、当初は14インチ主砲を四連装砲塔3基12門搭載艦の建造が予定された。しかし、日本海軍が条約明けに建造する艦が16インチ主砲を搭載することがほぼ確定した段階で、その4番艦、5番艦を16インチ主砲搭載艦として建造することになった。

都合、新型戦艦はメイン級(1938年 14インチ砲搭載) 2隻

改メイン級(1939年 14インチ砲搭載) 1隻

ノースカロライナ級(1941年 16インチ砲搭載) 2隻

サウスダコタ級(1942年 16インチ砲搭載) 4隻

の合計9隻が就役した。

 

メイン級戦艦

14インチ主砲搭載型の新型戦艦である。米海軍の戦艦として初めて27ノットの高速を発揮できる戦艦として設計された。14インチ主砲を四連装砲塔3基に搭載している。水平防御にも十分な配慮が施された設計となっている。

(1938: 35,500t, 27knot, 14in *4*3, 2ships, 177mm in 1:1250 by Hansa/Semi scratched)

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(メイン級戦艦2隻:サウスカロライナ(手前)、メイン)

 

戦艦 バージニア(改メイン級戦艦)

メイン級の改良型として、建造された。メイン級の情雨構想を合理化してより集中防御方式を徹底したコンパクトな上部構造を持つ設計とした。主砲はメイン級と同じ14インチ主砲を四連装砲塔3基に搭載している。設計当初は、日本海軍の新戦艦が16インチ主砲装備していても、同級で対処できるのではないかという見方もあったが、検討の結果、十分な防御を得られたとは判断されず、1隻のみの建造となった。後に建造されるサウスダコタ級戦艦の基本設計となった。

(1939: 35,500t, 27knot, 14in *4*3, 2ships, 165mm in 1:1250 by Hansa/Semi scratched)

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ノースカロライナ級戦艦 - Wikipedia

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日本海軍の新型戦艦が16インチ砲装備であるということが判明し、本来は改メイン級として建造される予定であった3番艦、4番艦(メイン級の4番艦、5番艦)の設計を急遽16インチ主砲装備艦として再設計した。このため、その防御力は14インチ主砲対応をその基本構想としていたため、やや防御力に課題を抱えた設計となってしまった。

(1941-: 36,600t, 27 knot, 16in *3*3, 2 ships, 178mm in 1:1250 by Neptun)

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(ノースカロライナ級の2隻:ワシントン(手前)、ノースカロライナ

 

サウスダコタ級戦艦 (1939) - Wikipedia

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当初から16インチ主砲搭載艦として設計され、ノースカロライナ級では課題の残った対16インチ砲防御を施した設計とした。さらに集中防御を徹底し、戦艦メインの防御配置を参考として、コンパクトな上部構造を実現した堅艦となった。

(1942-: 38,266t, 27 knot, 16in *3*3, 4 ships, 166mm in 1:1250 by Neptun)

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(サウスダコタ級は4隻の同型感を有している。サウスダコタ(奥)、インディアナマサチューセッツ(手前)、アラバマ

 

同級の就役で、米海軍は27ノットの高速戦艦を9隻保有し、そのうち16インチ主砲装備艦が6隻となったため、これらに従来からの標準戦艦戦隊の存在を考慮すれば、日本海軍の八九艦隊ならびにこれから建造される新型16インチ主砲搭載艦にも対抗できると考えらえたが、 やがて日本海軍の相模級戦艦が18インチ主砲装備艦であることが判明し、さらに就役しつつある新型戦艦も18インチ主砲搭載艦であることが判明し、さらなる対応を検討する必要性が浮上することになる。

 

米海軍の新造戦艦

日本海軍の大和級の建造をめぐっては、その設計情報が巧みに隠蔽されたことにより、当初16インチ砲搭載維新戦艦との認識で米海軍は対応を検討した。 

本稿前回で記述したノースカロライナ級、サウスダコタ級の戦艦がこれの該当する。さらにこの増強策として、アイオア級戦艦以下の4クラス、14隻が追加建造されることになる。

アイオア級(アイオア、ニュージャージーミズーリウイスコンシン)

改アイオア級:イリノイ級(イリノイネブラスカデラウェアジョージア

イリノイ級:バーモント級(バーモント、ロードアイランド

モンタナ級(モンタナ、オハイオニューハンプシャールイジアナ

 

アイオワ級戦艦 - Wikipedia

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アイオア級戦艦は、当初から空母機動部隊との帯同を前提に建造された高速戦艦である。

米海軍は、来るべき太平洋における艦隊決戦が、単に主力艦同士の砲撃戦のみではなく、その前哨戦として、発展著しい航空戦力の激突が起きることを想定していた。その

勝者がその制空権の元で有利に砲撃戦を展開できる。そのためには前哨戦を制せねばならず、同様の思考を展開すれば日本海軍はその空母機動部隊に、これと帯同しうる高い機動性を誇る金剛級、あるいは畝傍級、高千穂級 などの巡洋(高速)戦艦をその護衛としてつけるであろうと想定した。

しかしながら、米海軍には、同様の高機動性を備えた戦艦がなく、巡洋艦以下の護衛艦隊では、日本海軍の高速戦艦群により砲撃戦で敗北することが懸念された。

このため、これら日本海軍の高速戦艦群を上回る機動性と砲力を備えた主力艦建造を急いだ。こうしてアイオア級は誕生した。

主砲には、それまでのサウスダコタ級を上回る50口径16インチ砲を三連装砲塔3基に装備し、33ノットの戦艦史上最高速度を有する高性能艦となった。

(1943-: 55,000t, 33 knot, 16in *3*3, 4 ships (6 ships planned), ***mm in 1:1250 by Neptun)

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改アイオア級(イリノイ級)18インチ搭載艦の建造

アイオア級建造中に、日本海軍の新型戦艦が18インチ砲搭載艦であることが判明し、加えてその前級である相模級戦艦も18インチ砲を搭載していることが判明した。このため、急遽、建造される予定であったアイオア級5番艦、6番艦を18インチ砲搭載艦として建造することが決定し、さらに、2隻を同級に追加し、4隻の18インチ砲搭載艦を建造することとなった。(イリノイネブラスカデラウェアジョージア

一方で、パナマ運河の通行を可能とするために、艦幅はアイオア級に準ぜねばならず、33ノットの速力を保持した上で、18インチ砲搭載による重量増加、さらには同砲射撃時の砲撃精度をこの艦幅でどのように担保するか、難しい課題に対する設計見直しが行われた。

結果、上部構造をコンパクトにすることにより浮いた重量分を主砲関係の重量増加と、18インチ砲装備による防御力向上に向けられることとなった。結果、期間対する余裕が前級よりも少なくなり、30ノットの速度に甘んじる結果となった。

(1944, 55,000 t, 30 knot, 18in *3*3, 4 ships, (6 ships planned), ***mm in 1:1250  by Superior)

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(イリノイ級:イリノイネブラスカデラウェアジョージア

 

イリノイ級(バーモント級)の建造:16インチ砲への回帰

上述のように艦幅と排水量の上限が課せられた条件で、様々な工夫が盛り込まれたイリノイ級の設計であったが、そもそもが18インチ砲対応の防御力が予定されていないこと(日本海軍の長門級に対応したコロラド級の設計変更、条約明け後のノースカロライナ級の設計変更時にも、主砲口径のアップとその防御力のアンバランスという同様の事象が発生した)、併せて18インチ砲搭載には不十分な艦幅からくる射撃時の精度簿速が判明したことから、イリノイ級5番艦(バーモント)・6番艦(ロードアイランド)は、16インチ砲搭載艦として建造することが決定した。

(1945, 55,000 t, 34 knot, 16in *3*3, 2 ships, ***mm in 1:1250  by Superior)

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この設計変更は非常に成功で、速度はタイプシップであるアイオア級を上回る34ノットとなったし、その射撃精度も、米国の戦艦史上最高を記録した。
 

モンタナ級戦艦 - Wikipedia

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アイオア級の項で記述したように、米海軍では来るべき日米の艦隊決戦では、空母機動部隊を中心とした前哨戦で制空権を握った後に、主力艦同士の砲撃戦を行う、という構想を持っていた。これも前述のようにアイオア級はその前哨戦を制するべく設計された空母部隊との帯同を想定した高速戦艦として建造されたが、モンタナ級は、前哨戦の後、主力艦同士の砲撃戦を想定して設計、建造された「低速戦艦」であった。低速といっても、28ノットを発揮でき、サウスダコタ級、ノースカロライナ級などとは同等に行動できる。

主力艦同士の砲撃戦を制すべく、アイオア級と同じ、新開発の55口径16インチ砲を三連装砲塔4基16門、搭載する強力な戦艦となった。

(1946, 60,500 t, 28 knot, 16in *3*4, 4 ships, ***mm in 1:1250  by Superior) 

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モンタナ級が搭載した主砲は、アイオア級以降の戦艦が搭載していたMk.7 50口径16インチ砲であったが、この砲はサウスダコタ級やノースカロライナ級が搭載したMk.6に比較して、発砲初速が速く、長い射程を誇る高性能は砲であった。早い初速から風等の影響を受けにくく、散布界(斉射時の砲弾のばらつき)が小さくなり高い射撃精度を得ることができ、遠距離砲戦に適していた。

 

Italian Navy /イタリア海軍

Pre-Dreadnought /Semi-Dreadnought Era

言うまでもなく、その主要な行動領域は地中海である。

地中海の中央を制する位置にある半島国家、と言う地政学的な意味合いからも、古来、海軍は非常に重要な役割を与えられてきた。惜しむらくは、長らく統一国家を持たず、組織化された軍隊、と言う概念が陸海問わず育ちにくかったことであろう。

上記は一方で、様々な試みが独自に行われる、と言うことでもあり、その視点に経てば、イタリアはフランスと並んで、試行、試作の宝庫とも言える。

艦船技術についても同様で、様々な試みが散見する。

が、上記の通り「統一意志のもとに」と言う視点が希薄で、わかりやすく言うと個々の造船所レベル、親方レベルでの取り組みとなって、大きな動きになりにくいと言う恨みがあった。

 

近代戦艦:前弩級戦艦 pre-Dreadnought battleship

レ・ウンベルト級戦艦 - Wikipedia*

Re Umberto-class ironclad - Wikipedia

(1893-, 13673t, 18.5knot, 13.5in *2*2, 3 ships)

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イタリア海軍初の近代戦艦である。34.3センチの主砲は、連装露砲塔にまとめられ、簡単なシールドで覆われていた。

イタリア艦の常で、18-20ノットという比較的高速を発揮する。

ボイラー配置に特色があり、3本煙突の外観を有している。

 

エマニュエレ・フィリベルト級戦艦 - Wikipedia

Ammiraglio di Saint Bon-class battleship - Wikipedia

(1901-, 10082t, 18.3knot, 10in *2*2, 2 ships)

(no photo)

10,000トンを少し下回るほどの小ぶりな船体を持った戦艦である。主砲に40口径25.4センチ砲を採用し、これを新設計の連装式砲塔2基に収め前後に配置している。速力は18ノットを発揮する。

各国海軍から、そのバランスの良さから相次いで購入の申し入れのあった装甲巡洋艦ジュゼッペ・カリバルデイ級は、本級を小型化した艦型を基本設計としている。

 

強化型近代戦艦:準弩級戦艦 semi-Dreadnought battleship

レジナ・マルゲリータ級戦艦 - Wikipedia* 

Regina Margherita-class battleship - Wikipedia

(1904-, 13215t, 20knot, 12in *2*2 & 8in *4, 2 ships)

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13,000トン級のやや小ぶりな艦体に、主砲には標準的な40 口径30.5センチ砲を前後に連装砲塔形式で搭載し、 中間砲として、45口径20.3センチ速射砲を4基、単装砲で装備した強化型近代戦艦(準弩級戦艦)である。20ノットの速力を有している。

設計の当初段階では、主砲を単装砲2基とし、20.3センチ速射砲を12門搭載する、という設計であったが、設計者で当時の海軍大臣ベネデット・ブリンの死後、上記のような標準的な設計に改められた。ボイラーの配置から、3本煙突の外観を有している。

 

レジナ・エレナ級戦艦 - Wikipedia (同型4隻:1907-)

Regina Elena-class battleship - Wikipedia

(1907-, 13807t, 22knot, 12in *2 &8in *2*6, 4 ships)

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前級の設計途上で個人となったベネデット・ブリンの設計を具現化した強化型近代戦艦(準弩級戦艦)である。主砲は、30.5センチ砲を単装でそれぞれ艦の前後に配置し、中間砲として20.3センチ砲を連装砲塔 6基に収め、都合12門とした。 防御にも配慮改善が見られ、速力は22ノットの優速を発揮した。

 

Dreadnought /Super-Dreadnought Era (around WW!)

開戦時には弩級戦艦3隻を保有し、3隻が建造中であった。大戦中に超弩級戦艦の保有を計画したが、未成に終わった。

 

弩級戦艦  Dreadnought battleship

ダンテ・アリギエーリ (戦艦) - Wikipedia

Italian battleship Dante Alighieri - Wikipedia

(1913-, 19,500t, 23knot, 12in *3*4) (135mm in 1:1250)

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イタリア海軍初の弩級戦艦。実験艦的な性格が強く、主砲を世界初の三連装砲塔に搭載、機関にタービンを採用し当時の最高速戦艦となるなど、 意欲的な設計であった。

 

コンテ・ディ・カブール級戦艦 - Wikipedia

Conte di Cavour-class battleship - Wikipedia

(1915-, 23,100t, 21.5knot, 12in *3*3+ 12in *2*2, 3ships) (140mm in 1:1250) 

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前級の主砲塔配置を見直し、首尾線方向の射線を強化した。三連装砲塔3基と連装砲塔2基、計13門という主砲数は、カトリックの本家ではやや物議を醸したとか・・・。

 

フランス海軍が建造したダンケルク級高速戦艦への対抗上から、イタリア海軍は1915年建造の弩級戦艦コンテ・ディ・カブール級、およびその改良型であるアンドレア・ドリア級の各2隻を大改装した。

両級とも、その改装は徹底したもので、主砲をボーリングにより30センチから32センチに大口径化し、一方で21.5ノットから28ノットへの高速化のための機関増設のスペース確保のために3番砲塔を撤去した。さらに副砲の砲塔化、対空兵装の強化などを行なった。さらに艦種構造の延長、密閉式艦橋の導入など、艦型も原型をほぼ留めぬほど手を入れられ、直下の写真のように新造戦艦といっても良いほどに異なる外観を得た。

 

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(直上の写真:原形を留めぬほどの改装:上段、改装前、下段、改装後)

(改装前:23,100t, 21.5knot, 12in *3*3+ 12in *2*2, 3ships) (140mm in 1:1250 by Navis) 

(1937- 改装後:28,800t, 28knot, 12.6in *3*2+ 12.6in *2*2, 2ships) (150mm in 1:1250 by Neptune) 

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カイオ・ドゥイリオ級戦艦 - Wikipedia

Andrea Doria-class battleship - Wikipedia

(1915-, 23,000t, 21knot, 12in *3*3+12in *2*2, 2 ships) (140mm in 1:1250)

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前級の基本設計を引き継ぎ、副砲を15.2センチ砲に強化した。

アンドレア・ドリア級も、上記のコンテ・ディ・カブール級戦艦同様、仏海軍の新戦艦ダンケルク級への対抗上から、大改装を施された。

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(直上の写真:上段、改装前、下段、改装後)

(改装前: 23,000t, 21knot, 12in *3*3+12in *2*2, 2 ships) (140mm in 1:1250 by Navis)

(1940- 改装後:28,882t, 28knot, 12.6in *3*2+12.6in *2*2, 2 ships) (150mm in 1:1250 by Neptune)

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超弩級戦艦(未成艦のみ) Super-Dreadnought battleship

フランチェスコ・カラッチョロ級戦艦 - Wikipedia

Francesco Caracciolo-class battleship - Wikipedia (projected)

(projected,  34,000t, 28knot, 15in *2*4, 4 ships planned) (167mm in 1:1250)

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イタリア初の超弩級戦艦として計画された。38センチ主砲をオーソドックスに連装砲塔4基に搭載し、34,000トンの巨体に強力なタービンを搭載し、28ノットを発揮する高速艦を目指した。

 

新戦艦の時代

ヴィットリオ・ヴェネト級戦艦 - Wikipedia

en.wikipedia.org

新戦艦時代の幕開けともいうべきフランス海軍のダンケルク級の建造に刺激され、第一次大戦時の弩級戦艦の大改装によって陣容を整えようとしたイタリア海軍であったが、早急な新型戦艦の開発が急がれた。

主砲として採用された15インチ砲は50口径の長砲身砲で、高初速を誇り16インチ砲にも劣らない威力を発揮した。副砲にも高初速の55口径の6インチ砲が採用され、これを3連装砲塔4基に収めた。対空火器としては9センチ高角砲をシールド付きの単装砲で12基装備していた。

4軸推進を採用し30ノットの速力を発揮した。

攻撃力と機動力を備えたバランスの良い艦であったが、一点難を挙げるとすれば、航続距離の短さが挙げられねばならないであろう。これは活動海域を地中海と想定したことからくるもので、その想定内では特に重大な問題にはならなかったであろう。

(1940-, 41,377t, 30 knot, 15in *3*3, 3 ships, 192mm in 1:1250 by Neptune)

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